城育ちと役割
「リオンが言うには、式に感情を詰め込んで人にあげる事ができるそうなの。定期的にそれを行い、相手に感情を吸収させていくそうよ」
「それは……精神操作系の禁呪では」
「私もそう思うわ。でも法国の王女と城育ちには当たり前の慣習だったそうよ」
「慣習ですか?」
「王女一人に男性が二人。理由は過去にあるそうよ。元々は四家から出していたから王女に付く城育ちは四人だったそうよ。結果、王女の伴侶を争って貴族では止められない惨状になったり、城育ちが全員死んでしまう事もあったそうなの」
「やはり……城で貴族を育てれば、そうなるでしょうな」
「それで城育ちを二人に減らし、役割を与えたそうよ。伴侶と騎士。王女の愛を争わないもしもの時のスペアとして騎士は存在していて、二人を身を挺して守る盾。だから、騎士と決まった方は伴侶となる方に感情の多くを渡してしまうそうなの」
メルルが食べていた団子を皿に落とし、ラガールも動きが止まった。
「リオンがあまり笑わなかったのは、色々な感情をロハン陛下に渡していたからだと……本人は理解して受け入れていたわ」
『ロハンの姫様への愛情は、私から姫様への愛情でもあるのです。この二年、ベルネア商会でお世話になり、自分の中に生まれた感情をどうしたらいいのか分からなくて……戸惑う日々でした』
『自分の為にその感情を持っていたいとは思わない?それは感情を育てる種になって、あなた本来の感情を取り戻す事になる筈よ』
『全く無いとは言いませんが……過去にロハンに預けた感情を思うとそちらの方が大事です』
リオンは静かに言った。
『ロハンは私の分も感情を背負っていたのに、その感情を姫様に夫として向ける時間も無く死にました。それは、私の感情も一緒に殺されたも同義なのです。だからどうしても取り戻したいのです』
「リオンがこのまま自分を優先にして法国を統べる未来が私にとっては望ましかった。けれど、彼はそれを望んでいなかった。三歳から二十年……感情は消せても城で育った記憶は消せませんって言いきったの。だから否定できないって思ったわ。リオンにとって、ラーナ殿下はたった一人の主人だったのよ。私が止めるなんて無理よ」
メルルもラガールも気遣う様にレイシアを見る。
「そうしたら……自分が死ぬのに凄く綺麗に笑うのよ?心が痛くて泣きそうだったわ」
「自分の意志をお嬢に尊重されたのが……余程嬉しかったのでしょう。城育ちの役割で騎士は損をし過ぎな様ですから」
「リオン様は納得していたのかも知れませんが……残された方は悲しいですね」
メルルの言葉にレイシアもラガールもしょんぼりする。
「ままならないものね……」
レイシアの言葉と同時に全員がため息を吐いた。
事件の終わった夜から、ベルネア商会の支部の向かいにある宿にレイシアは泊まる事になった。
ベルネア商会の法都支部は、新王誕生と言う慶事に沸く法都での商売が多忙を極めていた。夜中も明かりを点けて大勢が働いている。
新しい商会長を待っていたが、今回の事でレイシアにすぐに部屋を準備をする暇はなくなってしまった。元々レイシアの父が使っていた部屋の改装が完了するまで宿に居て欲しいと懇願されたのだ。
今まで泊まった宿よりも高級な宿の部屋で、レイシアは向かい側に座る初老の男に言った。
「お父様の部屋をそのまま引き継ぐので構わないのよ?」
「そうはいきません。新しい会長がどういう方なのか、商談で招いた他の商会や貴族を招く部屋なので、今のままお嬢に使っていただく訳にはいきません」
法都支部の総括だというモラクはそう言った。モラクは元法国貴族で、現シュン家・赤犬の血族の出だという。次男と言う気楽な身分だった為、自ら除籍を願い出てベルネア商会に入ったという。
「お父様の威光だけで商会長をしている小娘だと思われない様に、私の個性を主張しろって事かしら?」
「話が早くて助かります」
モラクは眼鏡を指でくいっと上げて笑った。
それから真顔になると深々と頭を下げた。
「今回は、法国を救って頂きありがとうございました。そして、前会長の死を止められず申し訳ありませんでした」
モラクは事前にレイシアの父から計画を聞いていたのに、王気に当てられて何も返事が出来なかった事を思い出して後悔しているのだ。
「……救ったのはリオンよ。私は見ていただけ。お父様は人の話なんて聞かないわ」
レイシアは藍兎に話を聞いて以来、揺れ過ぎて話の出来ない雷獣馬車の中で考えていたのだ。何故父はカシギの罠を受け入れたのか。
「カシギが張り巡らした王気の影響をうけないお父様は周囲を変える方法に限界を感じていたのだと思う。あの王は玉座に固執していた。でもこのままでは法国は滅びてしまう。だから国外で騒ぎを起こす方法を考えていたのだと思う」
「だから挑発して、ご自分を犠牲にされたと?」
モラクの眉が下がるので、レイシアは笑った。
「そんな高尚な事は考えていなかったと思う。お父様は、お兄様の描いた絵で自分は身を護れると信じていたのだと思う。お兄様の絵って凄いのよ?王国では王族まで持っているくらいだから、法国の王族にも通用すると思ってもおかしくないわ」
「見せて頂いた事があります。確かに素晴らしい魔法でした」
「でしょう?だから藍兎様が警告されたそうだけれど聞かなかったらしいの。ご本人にお会いする機会があって、そうおっしゃっていたわ」
始祖の一人が止めても聞かなかったのだ。部下であるモラクの話を聞く筈もない。レイシアの言葉にモラクは寂しそうな、それでいて安堵した様な顔をした。
「うっかりで、死んでしまったのよ」
「うっかり、ですか?」
「お父様って、そういう人なのよ?ここでは違った?」
そうレイシアが訊くと、モラクは懐かしむ様に笑った。
「いいえ……命までとは思いませんでしたが、確かにそういうお方でした」
「命日にお兄様の所にお酒を送ってくれる?お父様は焼酎がお気に入りだったの」
「分かりました。私が統括である間はそうさせて頂きます」
話をしやすい雰囲気になった所で、レイシアは訊いた。
「法国の城育ちが、感情のやり取りをする式を使っていた事をあなたは知っている?」
「……知っています。私は会長がそのやり方を不健全だとおっしゃる話を聞いても今一分かっていませんでした。城に勤めておりませんでしたので。リオンを直接見て初めて、会長の話が分かりました」
レイシアは言う。
「法国でも感情の授受は禁呪にして欲しいの。それを貴族達にベルネアの新しい会長が望んでいると根回しをお願いしたいの。忙しい所で申し訳ないけれど、できるかしら?」
モラクは即答した。
「やります。感情の授受と言う選択肢を残したがる者は少なからず居るでしょうが、人を統べる王族の感情を制御する決まりは、あまりにも危険です」
モラクは眼鏡を再び指で上げる。
「実は今回の事件の根源は、この感情操作が影響しているのではないかと思っています」
「どういう事?」
「リオンの事を知ってから、一度本家の兄に過去の女王と王杯がどうなったのか調べてもらったのです。結果、王杯が短命である事が分かりました。しかも死因の多くが自殺です」
モラクは続ける。
「これは推察の域を出ませんが、二人分の感情を維持するというのは想像以上に大変な事なのではないでしょうか……父親を早くに亡くした王子や王女が王族に一定間隔で出る事を容認するのは、罪なき王族の子供達を不幸にする事を分かって放置する事です。それは……あまりに非道です」
モラクの答えに、レイシアは満足して頷く。




