制裁
歩み寄って来たリオンは、しゃがんで崩れたレザンの欠片に手を当てる。
「ありがとう」
泣いているレイシアにリオンは言う。
「レザンの死を無駄にしない為に……先に進みます。どうか、見守っていて下さい」
「私も何か……」
「いいえ。ベルネア侯爵家は十分に法国に尽くして下さいました。……お嬢まで喪う訳にはいきません」
その言葉でレイシアの涙が止まった。
「知っていたの?」
父の死の真相はレイシア達は幻で見なかった。
「ここに来る途中で見せられたのです。もっと早く動くべきでした」
一階から駆け上って来たリオンはもっと色々な物を見たのだ。
「王気がカシギに向ける注意を逸らしていたのだから、どうしようもないわ」
ラガールが意味が分からないと眉間に皺を寄せる。
「お父様は事故死ではなかったの。カシギの言祝ぎに殺されたのよ」
ラガールが目を見開き、鋭い表情で殺気を漲らせていく。
「ラガール、私も気持ちは同じだけれどカシギを玉座から降ろすのはリオンの役目なの」
不服そうなラガールからリオンに視線を移すと、レイシアは王気の込められた上掛けの入った鞄をリオンに渡した。
「やり遂げて」
「勿論です」
泣き笑いの様な顔でレイシアが手を差し出すと、リオンはそれを握った。そして袈裟懸けに鞄をかけた。
リオンは部屋に踏み込む。そこは金色の畳が敷き詰められた玉座の間だ。地獄と重なったそこの魔力は吸うだけで肺が爛れそうな程だ。
「この先は危険です」
ラガールはレザンだった欠片に悲し気な表情を向ける。
「……レザンがまだ我々を守ってくれているようです。ここから動かない方がいいでしょう」
砕けたレザンの体の側で二人はその先を見守る。
リオンが進む先には黄金の玉座があった。そこには、誰かが座っていた。カシギだ。
「まだ……そこに座っていたいのですか?」
「これは私の為の椅子だ。私が始祖に呪い殺されれば、始祖は地上の生を殺めた事により地上への干渉ができなくなる。この椅子にはもう誰も座らない。ラーナもロハンも、お前もだ!みんな消えて無くなればいい。壊れてしまえばいいのだ」
異常なまでの玉座への執着。リオンはその原因を知っていた。
カシギが王気を利用して己を隠蔽する前……。周囲の貴族も両親も、ラーナが時期女王だと当たり前に考え、カシギを無い者の様に扱った。居るカシギを無いように扱う為には、ラーナを際立たせねばならなかった。だからラーナの扱いは過剰に優遇され、カシギは必要以上に軽んじられ続けた。
そんな中、彼には皆に認められて初めて玉座に座る権利が与えられた。ラーナが女王になるまでの繋ぎであったとしても、それは切望したものだった。故に彼はひたすらに縋りついた。
「近づくな!」
手から王気が出て、リオンは吹っ飛ばされる。リオンはただ立ち上がって進む。
「来るな!くるなぁぁぁ!」
王気は正の運気だ。故に言祝ぎの様な方法でなければ人を殺す事は出来ない。リオンは王気に当たり、後退しながらもじりじりと進む。
すると、何かがレイシア達の横を通り過ぎ、玉座へと一直線に向かっていく。
灰色に変色した肌、真っ赤なかぎづめを持った化物は、揚羽の羽で空を飛んでいた。黒くうねる髪の毛で顔はよく見えないが、大きく裂けた真っ赤な口からは牙が見えている。
リオンに気を取られていたカシギは化物の出現に気付くのが遅れて間近に迫られる。
「ラーナ……」
カシギが唖然と呟いた瞬間、玉座からカシギの頭を鈎爪でわしづかみにして、化物と化したラーナはカシギを壁へと投げつけた。
リオンはそれを見るや、瞬歩でカシギに近づき、居合で刀を抜いてカシギを斬った。
カシギは叫びながら仰向けに倒れた。
『ああ、嬉しや』
声がして、カシギの体が畳へと沈んでいく。そして、重なって濃い魔力を放っていた地獄は無かった様に消えて行った。
リオンは大きく息を吐き、玉座の方を見る。そこには所在なさげに化物が浮いていた。玉座に座る気配はない。
「ロハンは何処?」
声帯も変化してしまっているのか、金属音の混じったような声音が化物から聞こえる。
「今、呼びます。お待ちください」
化物はあどけない仕草でうなづくと、リオンに道を開けるようにふわりと場所を移動した。
リオンは上掛けを出して玉座の背にかけると、座面に式を呼び出す紙を置いた。
「戻って来い」
リオンがそう言うと、玉座に式が現れた。……ロハンの姿の式だ。
すると式は玉座で色彩を得て、生気を帯びていく。同時に玉座の背にかけた上掛けとリオンの姿が薄くなっていく。
ロハンの目に生気が戻り、戸惑いながら自分の手を見て周囲を見回す。……そして式の様に薄くなったリオンの姿を見つけて驚愕する。
「おかえり」
存在が消える寸前、リオンは満面の笑みでそう言って消えてしまった。
愕然としていたロハンは、視界に入った黒い化物を見る。
「ロハン」
ギチギチと嫌な音のする声で化物はロハンを呼んだ。
彼は泣きそうな顔で立ち上がり、笑顔になると化物に向かって手を拡げた。
「姫様」
化物は裂けたクチを笑顔の形にして、その胸の中に飛び込んだ。
同時に玉座を中心に光が視界を包み込み、レイシアもラガールも腕で顔を庇って目を閉じた。
その日の光は法国全土を覆い、王気によって王の存在を忘れた様に過ごしていた人々は、法国の王がカシギからロハンに移行した事を知った。
しかし彼の始祖が黒牛であるのに、城に掲げられた旗は草鴉となっていた。これはリオンの始祖である。
貴族達は失われたロハンがリオンの犠牲によって戻って来た事を知り、歴史書に残す事とした。今後の方針は決まっていないが、二度とこのような事が起こらない様にするには正しい記録を残さねばならないという事になったのだ。
城は忙しく、レイシア達がロハン達に謁見するのは後日と言われ、今は待機中だ。
今居る貴族達で高齢の者達は指導者として旧家の名を名乗るが、十歳以下の子供達は再編された家の本家を分家に割り振られ、新たな苗字になるという。……春夏秋冬のままで、始祖が入れ替わるらしい。
メルルが不思議そうに言う。
「トウ家に白狐様の血筋が入るという訳にはいかないのでしょうか?」
「吉日に卜占で決めないと始祖のご機嫌が悪くなるそうよ。家名が変わるのも、始祖の楽しみの一つなのだそうよ」
「そう言えば、始祖は飽きるってリオン様が言ってらっしゃいましたよね」
空気が一気にしんみりしたものになって、メルルもレイシアも項垂れる。
今日はメルルと約束していた巾着を買いに来て、団子屋の個室で休憩をしていた。メルルは結局巾着袋を選べなかった。気が乗らないのだ。その気持ちはレイシアにも分かった。
二人だけでなく、警護でついてきたラガールも元気がない。
沈黙の末、ラガールが恐る恐る言う。
「お嬢は、リオンが己を犠牲にする気だったのをご存じだったのですよね?」
「ええ。事前に聞いていたから」
『ロハンの体は流されてありませんが、魂はきっとラーナ様の所に戻ってきています。それに肉体を与える事が出来れば蘇生できます』
「私、リオンの献身が何処から来ているのか分からなかった。死者は戻らないというのが王国の考え方。リオンが王になって、誰かを妃にした方がいいと思っていたの」
「私もそう思います」
「だからリオンに聞いたの。どうして自分は死んでもいいと思えるのかと」
レイシアは暗い表情で答えた。
「当然なのだと言ったわ」
「は?」
ラガールが間の抜けた声を出した。
「私も、最初は意味が分からなかったわ」




