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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
一章 法国編

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ラーナとカリン

 そして、暫く歩くとラーナとカリンが立っていた。

『どうして侍女を辞めたいの?』

 美しい女がカリンに向かって問う。

『お許しください』

 カリンは深々を頭を下げる。

『腹に子が居るのね。王族だから、お兄様の子ね』

 カリンの肩がびくりと跳ねる。

『分かるに決まっているじゃない。あなたが何をやったのかも知っているわ。ずっと謝罪に来るのを待っていたわ。結局、謝らずに逃げるのね』

 カリンは俯いたまま目を見開いている。

『ロハンもリオンも、私の為に城に来た。だから私はどちらも幸せにしなくてはならなかった。早々にロハンを選んでひたむきに愛し、あの人もそれに応えてくれた。リオンは騎士として生涯を捧げると誓い、心の底から喜んで私達を祝福した。与えられた環境の中で、私達は他の道を歩めなかった。そうするしかなかった』

 ラーナの目が鋭くなる。

『何故壊したの?』

 カリンは顔を上げて口を開くが反論の言葉は出なかった。

『ガザン将軍の頼みを聞いた私が馬鹿だった。父親から虐待を受けた子供を侍女とし、王女の慈愛を周囲に示すべきだと言われたわ。……望まれた役割の一つだと思って引き受けた。でもあなたは私の忠実な侍女と言う望まれた役を演じようとしなかったし、幸せになれる場所に移る事もしなかった。お兄様と関係を持ったのならお兄様の所に行けばいいのにそれもしなかった。お兄様に妃は居ないのに!お兄様に愛されていないから?妃になるのは荷が重たかったから?』

 カリンは真っ青になって立ち尽くしている。

『本当にロハンを愛していたと?愛は相手と育むもので一人が望むのは恋や憧れでしかない。私は他の誰との間にも育めないたった一つの愛をロハンと育んだ。私達が恵まれていたのは、国益に繋がるからよ。……あなたは、それを突然壊して世界の外に捨てる手伝いをしたのよ。どうして自分が酷い目に遭っている様な顔をするのよ!』

 カリンは涙を流すがラーナは冷たい表情のままだ。

『すぐに泣くのね。私は泣きたくても泣けなかっただけ。王女が泣くような国、誰が住みたがるというの?辛くても笑い続けたわ。それが望まれた姿だったから。……私を泣かせたくてロハンを殺したのなら正解よ。一生分泣いたもの』

『そんなつもりは……』

『ロハンの式帳を壊した事を未だに黙っているあなたの言葉をどう信じろと?』

 ラーナがふいに顔を上げる。

『お兄様……まさか波を呼んだ?』

 ラーナは鋭い表情でカリンの方を向く。

『このままでは、あなたのお腹の子は汚れた波を飲まされて、この世界を壊す邪神に成り果てる』

『怖い。姫様助けて……』

『王気が足りない。……これを狙っていたのね』

 カリンはぶるぶると震え、ラーナは何かを呟きながら遠い目をして方角を探る。その目は怒りと共に強い光を宿している。諦めている様子ではなかった。

『リオンあなたに託します。……私の騎士、どうかこの国を救って』

 次の瞬間、暗く黒と灰色の混ざったような波が押し寄せて、幻は消えた。


 レイシアはようやくラーナとカリンが何故国境に居たのかを理解した。

 この城に汚れに触れた王族の胎児を置いておく事が出来なかったのだ。王族という器に汚れが宿って成長すれば、この国どころか世界を滅ぼす程の何かが生まれてしまう。

 しかしラーナはリオンに大半の王気を預けていたから、胎児にも劣る程の王気しか持っていなかった。己の身すら守れなかったのだ。だから汚れに呑まれて浸食された後、城と言う王気の湧き出る場所からカリンを引き離し、リオンに殺して欲しくて国境までやって来たのだ。

 結果、ラガールの雷撃でカリンは絶命した。王族は城の敷地の外では力を急激に失う。宿ったばかりの胎児はみるみる王気を失い、人間の胎児と変わらなくなり、結果化物に成り果てた。内側からも浸食され、カリンは姿を大きく変容させ……ラーナの王気に引き寄せられてレイシア達の宿にやって来たのだ。ただ許しを得て元に戻りたくて。

 ラーナは成人した王族だ。王気を失っても汚れた波に対する耐性が高かったのだろう。

(それも……今はどうなっているか分からない)

 レザンが立ち止まって動かない。

「レザン」

 レイシアが慰めるように声をかけると、レザンは痛々しい笑顔でレイシアを見て言った。

「馬鹿ですよね。姫様が俺を好意的に受け入れて下さる訳がない。こんなの知りませんでした」

 レザンの目に涙が溜まっていく。

「俺はリオン様の様に信頼して下さらない姫様に不満を持っていました。頑張っているのに見向きもされないと。護衛として父が姫様にカリンだけでなく俺も押し付けたなら……嫌われて当然です」

 レザンの父でカリンの叔父であるガザンと言う人物は将軍職にある為、権力を行使する事を躊躇わないのだろう。

「辛いだろうが、先に進まねばならぬ」

 ラガールがそう強く言うと、レザンは頭を軽く降って涙を払うと口をぐっと引き絞って前を向いた。


「あの扉の先です」

 暫く進むと、王国の扉と違い両開きの襖があった。

 金色の枠に文字の書かれた紙が張られた襖からは、ブツブツと何かを唱えているような声がする。

 異国人のレイシアやラガールからしても、禍々しい何かだと分かるのに、金色の神々しい光を放っている。人に幸福をもたらす筈の言祝ぎは、カシギの手により呪いと化している。

 レザンはこの城に入ってから、玉座から送られる王気の呪縛を抜け出していた。頭がはっきりしてくると同時に知る過去の数々……全ては自分達のせいだった。

 父であるガザンは言った。城育ちは王女に捧げられる供物だと。その言葉には侮蔑の色が滲んでいた。今なら分かる。彼らは王女も含め、始祖交代がつつがなく行われる為の『代わりの無い供物』だったのだと。彼らに失敗は許されない。幸せそうで羨まれる様な立ち振る舞いさえも、供物としての振る舞いの範疇だったのだ。

 彼らは己の役割を受け入れ、望まれた事を体現しようと努力していた。それをガザンは、カリンやレザンを側に置いてひっかき回したのだ。

 本家の当主がガザンに対して必要以上に王族に関わる事を注意していたが、ガザンは能力の高い己に嫉妬しての事だと考えた。レザンも本家の息子よりも式の数が多かったからそう思っていた。……とんだ思い上がりだったのだ。

 やがて本家の者達の不安はカシギの王気にかき消され、ガザンの行いは正されないままになった。

 レザンは大きく息を吐くと、振り返って頭を下げた。

「レザン?」

 レイシアが戸惑っている内にも、レザンは困った様に笑って言った。

「後はよろしくお願いします」

 ラガールは頷き、レイシアが止める間も無くレザンは襖に手をかけた。

「待って!」

 レイシアが手を伸ばすのをラガールが抱き込んで止める。

「ラガール、離して!」

「止めてはなりません」

「そんなけじめのつけ方、認めない!」

 暴れて見たものの、ラガールの腕はびくともしない。

「城下を案内してくれるって言ったじゃない!」

 一瞬レザンの動きは止まったが再び襖を開けていく。

「やめて……」

 光る襖の文字がレザンに襲い掛かり、そこからレザンは灰色の石になっていく。

 完全に開ききった後、レザンは頭まで石になり、ぐらりと揺れた。

「あ……あぁ……」

 倒れたレザンは砕けてボロボロと崩れてしまった。

 ラガールの拘束がほどけたので、レイシアは転がる様に前に進み、崩れたレザンの前に膝を付く。

「どうして……こんなの嫌ぁ!」

 レイシアがあらん限りの声で叫ぶ。

 ラガールがレイシアの横にしゃがむ。

「レザン……」

 背後から声が聞こえて振り向くと、そこには息を切らせたリオンが立っていた。

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