輪廻転生
かつて王と呼ばれたその男は、玉座に執着していた。最初からそうだった訳ではない。
王子として可も無く不可も無くと言う時代を過ごし、勧められた妃を娶って王となるまでは何も無かったと言える。
きっかけは第一子となる王子誕生の宴。吟遊詩人が招かれて城の宴にやって来た。
『輪廻転生は気まぐれです。前世の記憶を持ってこの世に戻る事も稀に起こるそうです。それはそんな記憶を持つ男の話』
そして生まれ変わって大金持ちになった男の人生の話を面白おかしく歌う。かつての知識を生かしての大成功物語。周囲はそれを宴の余興として楽しんでいたが、男は考えた。王とは全ての者の望む最高の地位。生まれ変わってどれだけ成功した所で今より不幸だと。
王が余興でしかない話を真剣に考えていたなどと誰も想像していなかった。
そして……生まれ変わる場所を選べないのであれば、永遠に生きているしかないと結論が出た事も、当然周囲には分からなかった。
時が流れ、代替わりしたばかりのユリウス・ベルネアは男の話の端々に滲む不死への強い執着を感じ取っていた。男はこの国以外の知識を持つベルネア家から、不死の魔法について知識を得たかったが故に本心を話し過ぎていた。先代と違いユリウスは若い。だからどうにでも出来ると思ったのだ。
「法王陛下、王国では死後の魂は地獄の肥やしになって、そこに生えた木に実った魂が地上に出て来るとされています。良い人生を歩んだ者の魂は、新しい魂を強く丈夫にする良い肥やしになると言われています。私は最高級の肥やしになれる様に日々精進しております」
男はその話に衝撃を受けると同時に、不死に拘る事を止めろと諭されたと理解した。若造であった当時のユリウスに、男は酷い劣等感と怒りを持つ事になった。どこにでも行けるその身軽さは、玉座に固執する男と対照的過ぎた。
何かの罪で牢に入れてやりたい衝動はあったが、ユリウスには法国で『剣聖』の称号を持つオウラ・トウが護衛に付いている。その目には、王であってもユリウスを不当に貶めるなら斬るという意志が伺えた。男はその威圧に王でありながら怯え、同時にオウラ程に忠義を誓ってくれる家臣が居ない自分に気付いた。……たった一度のユリウスとの謁見で、男は苦々しい物を心に幾つも抱え込む事になったのだ。
彼は不老に固執している為、会った瞬間に見たユリウスの持つ特別な地位と若さが気に入らなかったのだ。男の理想そのものだったから。
飄々として謁見を終えるユリウスを男は必ず殺すと決めた。あれは生かしておけないと頭の何処かが警告していた。嫉妬もあっただろうが……それは正しかったとも言える。
「陛下は心を病んでおられます。調べた方がいいですよ」
ユリウスは謁見を終えた後、宰相に警告した。
結果、王女を殺害した事が発覚して男は息子に断罪され退位した。
そして男は考えた。輪廻すら止めてしまおうと。
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レイシアは、桃色の花が木に咲き乱れ、池に蓮の花の浮いている風光明媚な庭園で、国王夫妻と対話していた。ロハンは、本来黒い髪と目をしていたが、銀髪に赤い目に変わっている。ラーナは汚れが王気で取り払われ、本来の姿に戻っていた。
話の内容は、藍兎が愚王と呼んだ男の動機の話だった。ガザン将軍の遺体をラガールが城へと引き渡し、始祖に捧げて過去を解き明かしたのだ。
「密に札の開発をして、式よりも安易に精神操作を行う札を作っていた様です。ガザン将軍は、剣聖の称号を得た事から狙われた様です」
剣聖は、法国で剣の扱いに長けている者に与えられる称号で、貴族だけでなく平民からも選ばれる。レイシアの父、ユリウスの護衛を勤めていたオウラ・トウも剣聖で、リオンと同じトウ家の者だった。彼は、馬車の事故の際にユリウスと一緒に死亡している。
穏やかな声で話すロハンにレイシアは訊ねる。
「式ではなく、札なのですか?」
「その方が便利だったようです」
レイシアは、レザンが傷を治すのに使った札を思い出す。あれ程素早く直る魔法は多分王国にもない。愚王と言う人は札の研究をしていたらしい。ガザンの家やレザンの部屋から出てきた札は回収して解析が始まるそうだ。
「私は年々二人分の感情に苦しむ状態になっていましたが、誰にも打ち明ける事が出来ませんでした。リオンはその事を知らなかったと思います。しかし私を蘇らせる際、自分のものだった感情を持ち去りました。私は精神的な苦痛から解放され、自殺を望むような気持ちは無くなりました」
「それは喜ばしいお話です。妃殿下の為にも長生きして下さい」
レイシアが言うとラーナとロハンがちょっと微妙な表情で目を合わせ、少しだけ笑う。
かつてのロハンは快活で気さくな明るい性格だったという。……今のロハンはどう見ても物静かで優しい雰囲気だ。これが本来のロハンなのだとすれば、リオンが快活で気さくな明るい性格であった事を意味する。
(そんなリオンは想像できないけれど、そう言う事なのでしょうね)
『ロハンは私の分も感情を背負っていたのに、その感情を姫様に夫として向ける時間も無く死にました。それは、私の感情も一緒に殺されたも同義なのです。だからどうしても取り戻したいのです』
リオンの言う取り戻すの意味が、ロハンを蘇らせて自分の差し出した感情を活かしてもらいたいという願いだとレイシアは思っていた。
(まさか本当に取り戻す事だったなんて)
レイシアは内心酷く驚いていたが、貴族教育のお陰で表面上は平静を保っている。
リオンは王杯が代々心を病んで自殺していた過去を知らなかった筈だから、ロハンの為ではなく自分の為にやったのだ。
「法国では魂が巡り生まれ変わるという思想があります。輪廻転生と言います。……本来の感情を持って生まれ直したいと願ったのかも知れません」
死ぬのに楽しそうに笑うリオン。今となっては、彼の望みが叶う事を祈る事しか出来ない。
ラーナは、レイシアの方を向き深々と頭を下げた。
「長きに渡り、ベルネア家には多大なご迷惑をおかけしてしまいました。元王家の王女としてお詫び申し上げます」
「頭を上げて下さい。あなた方は国の慣習に従って生きていただけです。他に道が無かった事も分かっていますから、これ以上ご自分を責めないで下さい」
ラーナは頭を上げ、涙目でレイシアを見た。
「ありがとうございます」
「しかし、今回の事件でそちらの内情が人に寄り添っていない事はご理解頂けたかと思います」
「はい。慣習は私達で終わりにします。次の世代交代までに時間があるので、私達の代で憂いの無い始祖交代の為の道筋を整えます」
法王夫妻の決意は固い。レイシアは安堵して笑顔で言った。
「次にこちらを訪れるのを楽しみにしております」
「是非に。いつでもお待ちしております」
「こちらでは写本だけでなく人材の手配も承っております。モラクにお伝えください。出来る限りの便宜は図らせて頂きます」
モラクが、ツルギの時には頻繁に技術者や学者を呼び寄せていたと言っていたから、彼らは知っている筈だ。
「私も幼い頃に講義を受けた事があります。建築物の話です。リオンが難しいと……」
ロハンが嬉しそうに言っていたが急に言葉を止めて俯く。その横でラーナが言った。
「リオンが何処に生まれても、笑って暮らせる国にしましょう」
「そうだな……」
本当に輪廻転生があるのかレイシアは知らない。ただ、彼らは死ぬまでリオンを忘れないだろう。それ程に強い感情を何処にも吐き出さずに生きて行くのは辛い。
(受け取り方次第では惨事になるけれど、生きていく者が絶望しない為の思想なのだわ)
だから、王国での『死者の魂は地獄の肥やし』は頭の片隅に追いやった。
(お父様はよく言ったわね)
愚王やリオンの意図に気付いても、レイシアはそれを言えた気がしない。どこかで父が豪快に笑っているような……そんな気がした。




