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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
一章 法国編

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法都へ

 少しの休息の後、一行は予定の通りに移動を開始した。

「いいお天気」

「本当ですね」

 レイシアが言うとメルルも同意して笑う。

 雨はラガールがレザンに頼んで止ませた。馬車で走るのに雨で視界が悪いのは危険だからだ。

 呑気な二人に呆れた様な表情をした後、すぐに元の表情になったラガールが言う。

「揺れます。酔わぬようにまじないをかけます」

 レイシアとメルルの前でラガールが軽く指を振って回すと、一瞬音が遠くなって元通りになった。

 今まで街道を走っていても、このような事をされた事がない。……それ程の速度で無茶な移動をするという事だ。

「馬が居ないわ」

 馬車に繋がれていた二頭の馬は何処にもいない。

「気性が荒いので、お嬢達が馬車に乗ってから呼び寄せます」

 そう言ってラガールが空を見上げる。

 つられて空を見上げたレイシアは、青空を光ながら走る二頭の獣を見つける。

「あれは……」

「雷獣です」

 ラガールが誇らし気に言う。最も足の速い幻獣だと座学で習った事はあったが、実物を見たのは初めてだ。ラガールが所有している雷獣なので、二頭共ラガールの言う事しか聞かないらしい。

「これであれば、法都まで最速かと思います」

「凄く揺れますから、乗り心地は最悪ですけどね」

 メルルがレイシアにだけ聞こえる小声で言う。

 するとそこでリオンが言った。

「万一の場合にお嬢に危険が及びない様、私は別行動をとります」

「それで、どうするのだ?」

 ラガールの言葉に、リオンは懐から紙の束を取り出す。

「これは、ロハンが昔作った式です。これを街道から離れた場所に立たせ、ラーナ様をかく乱します。馬車は通れませんが、法都に通じる近道があります。そこを使用します」

「それでかく乱できるのか?」

「式は中の魔力に関係なく、作り主に似るものなので……」

 ラガールの質問に応じて、リオンはその場に一人の式を出した。それは大柄でリオンとは似ても似つかない少年の姿だった。ただそれは透けていて表情が無い。

「これは手習いで子供の頃に作ったものなのでこの様な姿ですが、ラーナ様は気づかれると思います。……結婚直後に作った式もありますのでご安心を」

「リオン」

 レイシアが不安になって声をかけると、リオンは肩掛け鞄をレイシアに差し出した。中にはロハンの形見が入っていた。

「必ず合流します。預かっておいてください」

 彼の方が法国に詳しい。レイシアは信じる事にした。

「分かったわ。法都で会いましょう」

 リオンは今まで見た事のないような笑顔になると、馬に乗って走り去った。

「リオン様ってあんな風に笑えるんですね……」

 レザンがぽつりと言った。

「俺も初めて見た」

「私もです」

 ラガールとメルルもそんな事を言う。

「さあ、私達に出発しましょう」

 キリキリと痛む胸の痛みを誤魔化して、レイシアはそう言った。


 実際、揺れは凄かった。

 体の軽いメルルとレイシアは、しばしば座席から浮いて、頭を天井で打ちそうになった。

 向かい側の座席に座っているレザンが隠蔽魔法をかけ続けている。法国で王国魔法はかえって目立ってしまうのでレイシアが変わる事は出来ない。

 余分に積み込まれていたクッションを頭に当てながら、メルルと揺れに耐える。舌を噛みそうで話す事もできない。おまじないのお陰で気分は悪くなっていないが、体中が痛かった。

 ようやく休憩になっても、雷獣を操るのが久々と言う事で長く外に出られなかった。雷を落とす獣だからだ。普段から連れ歩かない為、慣らしに一日か二日は必要なのだとか。今回はいきなり呼び出したので、慣らしながらの移動なのだ。

 雷獣は知能が高く、主には忠実だが迂闊に近寄れば殺されても仕方ないと言わしめるだけの凶暴さも兼ね備えている。欲する者は多いが、実際に主となる事の出来る者は限られている。二頭も連れているラガールの経歴はどうなっているのかとレイシアは考えていた。

 宿に着くと体中痛くて、レイシアはメルルと二人でラガールの所持する暗緑色の万能薬を拒否して魔法によるマッサージを実施した。

 ベッドのシーツに少し硬度を与え、仰向けに寝た後でゆっくりと波打たせるだけなのだが、凝り固まった体には良く利いた。

「お嬢、これ凄すぎです~」

 ご飯を食べて横になったメルルは蕩けるようにそう言ってだらしない顔になっている。

「お風呂があればもっとすごい事ができたんだけれど」

「これより凄いってどうするのですか~」

「水圧でマッサージするのよ。泡風呂だと汚れも落ちてツルツルになるわ」

「あ~、ご一緒させて下さい。とっておきの香油用意しておきますから」

「いいわよ。今回の事が片付いたらね。頭も洗ってあげる。水圧マッサージで頭皮も刺激するの」

「魅力的過ぎます。でそこまでもやってもらったら侍女失格かもです」

「巾着を買ってあげるだけでは足りないから、その分だと思って」

 メルルは十分に危険な旅につき合わせている。本当に巾着袋程度では割に合わないのだ。

「はうう、一生ついていきます~」

 メルルはそんなレイシアの気持ちを知らないまま夢の世界へと旅立った。

 警戒用の結界をラガールとレザンが交代で張って警戒する。だからレイシアは眠る事にする。レイシアは肩掛け鞄を抱いて丸くなって目を閉じた。ベルネアの魔法が少しでもこの王気を隠しますようにと祈りながら。

 その後、三日ほど移動し、法都へ進み続ける一行はひたすらに進んだ。

 雷獣の慣らしが終わり、外に出られるようにはなったが、相変わらず酷い揺れだった。……馬車が低空で浮いているので不安定なのだ。ラガールのおまじないは必須だった。

 四日目、メルル共々ベルトを今まで以上に引き絞る。……強行軍と、女子としてあるまじき頼みで馬車を止める訳にいかず、食が激減した事に由来する。

「今日の夜には法都に入れるそうです」

「雷獣の速さのお陰だわ」

 リオンも順調にこちらに向かっているという。

 何があるのか確認する暇も無いような速度で流れていく景色を眺めている内に、景色から緑がたまに消える。法都が近づいてきて、建造物が増えて来たのだ。

 外が暗くなり、法都へ入る。

「ベルネア商会だ。急ぎ通りたい」

 雷獣の繋がれた馬車に、衛兵達は動揺する。雷獣は気性が荒い上に希少種だ。どう対応したらいいのか分からないのだ。

「少し、お待ちください!」

 手に負えないと思った衛兵が上司を呼びに行こうとした所で、中からレザンが顔を出す。

「待て」

 レザンを見た衛兵達は、安堵と共に慌てて敬礼をする。

「城に急ぎ報告がある。ベルネア商会のご厚意で今回は同伴させていただいた」

 衛兵達は、すぐに門を開けた。

 馬車を引いた雷獣は再び走り始める。速度が落ちて地面を走る様になって安定する。

「助かりました。結界があったら厄介な事になる所でした」

「今の法都には、結界と言えるほどのものはありません。ですので衛兵を丸め込めれば後は城の門まで怪しまれる事はありません」

 レザンが困ったような顔で言う。

(カシギが法都の守りよりも、己の隠ぺいを優先したからだわ)

 そこで唐突に馬車が止まり、外から扉が開けられた。

「メルル」

 ラガールの呼びかけで、メルルは頷く。

 メルルは城まで連れて行けない。法都に到着したらベルネア商会の法都支部にお使いに出てもらう事にしている。

「お気をつけて。巾着買うの楽しみにしています」

「私もよ。メルルも気を付けて」

 メルルはにっこり笑って頷くと馬車から飛び降りた。再び馬車が走り出す。

「買い物をなさるのですか?」

 幾分速度を落とし、揺れがマシになった馬車でレザンは言う。

「ええ、メルルが巾着袋と言う法国の小袋を欲しがっているの」

 レザンは少し躊躇ってから恐る恐る言った。

「あの、その時には私がご案内させて頂いてもいいですか?」

 きょとんとしたレイシアにレザンは慌てて言う。

「その、今回の迷惑料と言うか、お礼と言うか……」

「まぁ!ではお願い」

 レイシアがそう応じると、レザンは嬉しそうに笑った。

ラガールとメルルとレザンは、馬車が雷獣で壊れないように補強用の魔法具を装着をしていました。

リオンの持っているロハンの式は、ロハンの式帳が無くなった後で部屋から回収したものです。

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