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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
一章 法国編

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足りない欠片

 レイシアは状況を整理する事にした。

 まず、周囲はカシギに対して良い事も悪い事も認識できない様な状態になっている。多分法国と言うカシギが支配する領域全てがそうなっていて、その影響を受けていないのはレイシア自身のみ。ベルネア侯爵家の魔法で護るにも限界があり王族の放つ精神に干渉する何かは防ぎきれない。強い想いのあるリオンが抵抗できているが、王族に抵抗する様なものだから死ぬ可能性もある。無理に抵抗させたくない。

 次に、昨晩ラーナにまた来るように返事をしてしまった。それも今日だ。いつやって来るか分からないラーナを、再度追い返すのは無理だろう。同じ手が通じるとは思えない。記憶の混濁は今も浸食されて続いているだろう。

 リオンに頼み、カーテンを返せば済むという話にはならない。リオンが冷静にラーナと話を出来るとは思えないし、リオンとの会話でラーナが何かを思い出した場合、大惨事になる事も考えられる。

 ラーナがリオンの持つロハンの形見『王気』を欲しているのは分かる。汚れても自害を選ばずにここまで来たのは、リオンの持つ『王気』が法国に向かってきているのを感じていたからだとレイシアは考えている。

(ラーナ殿下を汚れた波が襲ったのは、丁度私達が王都を離れた後だった筈)

 この衣には、今の状況をひっくり返すだけの何かがあったのだ。

 玉座から湧き出るという『王気』。始祖のそれであるならば……。

『妖怪は飽きます』

 飽きた妖怪が、玉座に力を与え続けるだろうか。それも、国中を満たす程の王気を。もし次の始祖が決まっているなら、玉座への王気の供給は減っている可能性が高い。焦ったカシギがラーナを亡き者にしようとしたと考えれば、間違いないように思う。だとすれば、このおかしな状況はいずれ終わるだろうが……待っていられない。ラーナがいつ来るか分からないからだ。

 ラーナの結婚は城下でも祝福され、大々的に行われた。先王のツルギがそうしたのだ。一方でカシギの結婚式はそうではなかった。

「レザン、ラーナ殿下とカシギ陛下は母親が違うの?」

「いいえ、妃殿下はラーナ様の幼少期に亡くなられましたが、死別しておりませんので同腹の兄妹です」

 王国と同じで死別しない限りは離婚の出来ない一夫一妻である事を理解する。

(カシギは、ラーナ殿下の夫であるロハン様を殺して次の婚約者であるリオンを貴族から追放し、ご本人まで死なせようとした事になる)

 状況証拠がレイシアにそう思わせて来る。違う可能性を探ろうと思ったが、おかしな精神魔法が国中にかけられている事から、疑問を紐解く余地がなくなってしまった。

 少しでもレザンから情報を集めないといけない。

「カシギ陛下のお妃様はお元気?」

「亡くなられました」

「お子様は?」

「おられません」

 レザンが宙を見てぼんやりすると、ぽつりと呟く。

「カレン様が亡くなられ……ラーナ様の婚儀は延期されてしまった……」

「レザン?」

 レイシアの声に、レザンの表情がいつも通りになる。

「あ……何か話の途中なのにぼんやりしてすいません」

 レイシアは笑顔のまま首を横に振る。

(今、レザンはおかしかったわ)

「ところで陛下は再婚なされたの?」

「いいえ」

 レイシアは笑顔のまま思考を巡らせる。カシギは妃を亡くして、再婚しないまま子供も居ない。

 ラーナの場合には、リオンがすぐに婚約者になっている。

「カシギ陛下は何故再婚しないの?」

 さっきの様にレザンが応じてくれる事を期待して訊く。

 すると、レザンが再びぼんやりした顔になる。

 視覚に魔法感知を強化する魔法をかけてじっと見据えると、金色の細かい粉の様な物が空中を舞っており、それがレザンの体に触れると吸い込まれるように消えて行くのが見えた。同時に、レザンの体がぼんやりと暗い青色……藍色の光を放ち、舞い落ちて来る金色の粉が体に触れない様にしているのも見えた。無意識の抵抗に魔力が割かれて、意識が朦朧とするのだ。……この方法では長く維持できない。魔力の出力がとても強い。

 リオンが同じように抵抗していたのだとすれば、止めて正解だ。数十分もすれば体内の魔力が空になり、死んでいたかも知れない。

(城の人員が少なかったのは、抵抗して体調を崩していたのかも……)

 レイシアはそれを思いつつレザンが長く抵抗しようとしたら、強制的に止めさせようと様子を見る。

 すると、虚ろな目がこちらを向く。

「当代のベルネアよ。ようこそ法国へ」

 レイシアは驚いて目を瞠る。これはレザンの中に誰か入っている。藍色の光は安定しているのに濃く、一切の乱れもなく制御されている。

(始祖だわ……)


 レイシアはただ深々と頭を下げる。

「気楽にされよ。私は他の妖怪とも相談の上でここに来ている」

 レイシアは恐る恐る顔を上げる。

「我々はそなたに謝らねばならぬ事がある。故に経緯を話しに来た」

「謝るとは?」

「それは最後にさせてもらおう。何も話さず一方的に謝り、許しを請うというのは不誠実なのでな」

(妖怪は紳士的なのね……物凄い圧だけれど)

 藍色の光に慄きつつも、レイシアは黙って言葉を待つ。 

「そもそも法国の魔族である妖怪は多く存在しているが、地上に出てきて始祖と成りうる大妖怪は五しか存在しなかった。故に法国には貴族が四家と王族の五家しかない。リオンは飽きると言っていたがそうではない。我々は疲弊するのだ」

「お疲れになるのですか?」

「そうだ。法国では玉座に運気を注ぎ込むのが始祖から王族に対する恩恵だ」

「運気とは何ですか?」

 レザンは虚ろな目のまま少し黙って言った。

「人が辛くなりこの世に絶望すれば、子を産み育てなくなる。そうなればこの国は滅びて浸食される。それは我らの滅びも意味する。故に天候を安定させ、病を得ない様に防ぐという国全体に与える恩恵こそが運気で、それを玉座へ流しているのが王族の始祖だ。玉座へ運気を流している間、我らは休息する事が出来ない。故に交代でやる」

 始祖が変わる法国の仕組みにレイシアは納得する。同時に『飽きる』の意味も理解する。大妖怪だから疲弊と言っても少し眠くなる程度であろうと言う事だ。

「今見える金色の粉は……王族の始祖様のものなのですね」

「そうだ。疲弊しているのに交代していない。このままでは白狐びゃっこが怒りを我慢できなくなる」

(疲れていると苛立つわよね)

 現在の王族の始祖は白狐で、怒っていると目の前の始祖……藍兎あいとと改めて名乗った始祖は言う。

「そもそも、先々代の王が愚王であった事が全ての始まりだ」

「ラーナ殿下とカシギ陛下の祖父の代ですね」

「まず、その認識そのものが間違いなのだ」

 恐ろしい程の圧にレイシアは首を竦めると、藍兎は慌てて圧をひっこめた。

「名前を出すのもおぞましいので愚王と呼ぶが、あれは己の世代交代を厭うていた。理由は分からぬが、王子であるツルギにすら王位を譲る気が無く、不死を探していた」

 藍兎は続ける。

「奴は次に妃との間に子が産まれると殺した。王女だ。産婆を脅して生まれると奪い取り、防波堤から外に生きたまま捨てた。妃の心は壊れ、人形の様に成り果て死んだ。白狐はツルギの世代で交代するつもりだった。しかし愚王の態度に腹を立て、このままではツルギも殺されかねないと……愚王が性欲に抗えない様にした結果だ」

 レイシアは顔色を変える。

「息子のツルギは妹を殺した父に憤り、十四歳で譲位を迫った。愚王はそれに従い城内で隠居して大人しくなった。ツルギは白狐の意志を汲み、妻に娘が産まれたら女王に就けて王杯を取ると約束した。これで、白狐を始祖とする王族は最後となる筈だった」

 しかし、娘ではなくカシギが産まれた。始祖がこれ程望んでいるのに何故そうなったのか、レイシアはこれこそが核心なのだろうと藍兎の言葉を待った。

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