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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
一章 法国編

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19/32

王国の王族

 十五歳以下の令嬢が、一斉に呼ばれるガーデンパーティが王城であった。レイシアは当時十三歳だった。

 あまり外に出ない箱入りのレイシアは、王室からの招待状をわくわくしてディランに見せびらかしに行った。

「何を着て行けばいいかしら」

 ディランは招待状を嫌そうに見た後、不機嫌そうに言った。

「何でもいいよ」

 投げやりな兄の態度に悲しくなったレイシアはしょんぼりする。

「……何か勘違いしていないか?」

「私みたいな冴えない容姿の娘は、何を着ても一緒と言う事ですよね?」

「違う」

 ディランの即答に、レイシアは目を瞬かせる。

「今回の主催はベル姫様だ。話し相手となれる条件を兼ね備えているかの適性を見るだけ。服はどうでもいい」

「適正って?」

 レイシアが首を傾げる。

「行けば分かるよ」

 ディランは不機嫌そうにそういうと、処理中の書類に目を向けた。……部屋を出ろと言う合図だ。ディランの機嫌が何故悪いのか、レイシアには分からなかった。

 乳母のカイアに相談すると、苦笑して言った。

「……お嬢様を行かせたくないのですよ。王命ですから拒否できませんけれどね」

「どうして?」

「王族はとても恐ろしいのです。初めて招かれるお茶会は、貴族に王族の権威を刷り込む為のものでもあります。私も参加したのでディラン様のお気持ちは分かります」

 この時まで、レイシアはカイアが平民なのか貴族なのかも知らなかった。

「カイアは貴族だったの?」

「勿論。この屋敷に平民はいません」

「知らなかったわ」

「伯爵家以上になりますと屋敷に平民が居ないものです。ベルネア家は侯爵ですから」

「そうなんだ。……ねえ、どうして王族は恐ろしいの?」

 カイヤは苦笑する。

「言葉で言うのはとても難しい事です。……ただベル姫様はお茶会で、忠臣となる令嬢を求めておいでです」

「忠臣って、裏切らない家来って事よね?お茶会でそういう事をするの?大人達が決めるのではなくて?」

 カイアは頷く。

「城に上がるだけの資質のある者だけが、忠誠を誓い王族に接する栄誉を得ます」

 レイシアの疑問とカイアの言葉は最後までかみ合わないままだった。

「急がなければドレスが間に合いませんね。手配しましょう」

 カイアは話を切り上げ、その場から足早に居なくなってしまった。

(貴族は王族に全員忠誠を誓っているのに……何で?)

 レイシアには友達がいない。……どうしてなのかは分かっている。兄が強い変態な上に過保護だからだ。そんな兄の居る子と友達になりたい物好きなど居る訳がない。そう諦めていた。

 兄の事は大好きだし、屋敷の使用人達も気心が知れている。毎日に不満はない。しかし友達と言うものにぼんやりとした憧れを抱いていた。当然城でのガーデンパーティへの期待は高まっていたのだ。それなのに。

(お友達じゃなくて……忠臣)

 皆どうしてなのか教えてくれない。釈然としないまま当日までレイシアは疑問を抱えている事になった。同年代の子供が集まるのだから、お友達になれそうな子が居るかも知れない。レイシアはその期待を捨てていなかった。


 ガーデンパーティの当日。

(思っていたのと違う!)

 令嬢達は何故か城内を逃げ回っていた。レイシアもその中に居た。

 背後から、頭がぬいぐるみの男女が追いかけて来るのだ。

「お待ちください、お嬢様方」

 不気味なぐいぐるみ頭の言葉など、当然誰も聞かない。

 ガーデンパーティの会場は最初こそ普通だったのだ。緑も眩しい芝生の広大な庭に白い椅子とテーブルが並べられ、美しい菓子と茶器も用意されていた。

 指定された席に令嬢達が案内されて次々に座っていく内に、レイシアは妙な胸騒ぎを覚えて周囲を見回す。そして騎士やメイドが人間ではない事に気付いた。

(多分……陛下の魔法)

 王族の魔法は秘密が多い。しかしドールマスターの称号を持ち、何十体もの人形を操る事が出来る現国王の能力は国中に知られている。

(まるで人間と変わらない息遣いも気配もする人形だなんて……どうして人形なの?)

 すると唐突に悲鳴が上がる。

 人形達の頭が急に動物の頭に変化したのだ。……ぬいぐるみの頭だ。

 ボタンの様な目のパッチワークのクマ、ピンク色のウサギ、ラベンダー色のネコ……。

 逃げ惑う令嬢達が入って来た門を目指すが、黒いたれ耳のイヌと白い立ち耳のイヌが門の前に立ち塞がっていた。

 体が普通に人間の体だから異様さが際立つ。令嬢達が次々に倒れていく。中には十歳未満の子も居るのだ。恐ろしくて当たり前だ。そんな令嬢達をぬいぐるみ頭達はあろうことか、足を持って引きずっていき、集めて芝生に並べる。

 引きずられて隠すべき足や下着が丸見えになっている姿に、レイシアはぬいぐるみ頭により一層の恐怖を覚えて震えあがる。うら若い乙女には残酷過ぎる光景だった。

 一人が恐れずにぬいぐるみに声をかける。

「私達は、お茶会に招待された客なのにどうしてこの様な無体を働くのですか!」

 ぬいぐるみ頭達は一斉にその令嬢の方を向く。令嬢は紙の様に白い顔色になって、固まった様に立ち尽くす。

「私共とお茶を飲むのですか?」

「まぁ嬉しい」

「ちがうの……私はベル姫様と……来ないで……」

 その令嬢も急に倒れてしまった。

「あらあら、お茶会はこれからですよ」

 迷わず令嬢達は走り出した。それも……元来た出入口とは逆の王城へ。そこしか行く場所が無かったのだ。ガーデンパーティの会場は入口以外が金属の柵で覆われていたからだ。

 レイシアはディランの教えを思い出す。

(その一、城では許可なく魔法を使わない)

 倒れた令嬢達は、気が弱くて気絶した訳ではない。王国の貴族女性は幼い頃から魔法による護身術を身に着ける。貴族であれ平民であれ、暴漢に負ける訳にいかないからだ。

 気絶した令嬢達は身の危険を感じて魔法を放とうとしたから倒れたのだ。レイシアは城の知識を必死に思い返しながら走る。

(その二、城の禁域には踏み込まない。目印は柱の彫刻。翼の付いた小鬼の彫刻が柱にあったら、その視線の向いている方向へ行く事。それ以外の通路に踏み込んではいけない)

 小鬼は王族や秘密を守る門番だから、その背後へ行く事は、許可を得ていない者には許されない。

 柱なんて確認しないで走りたかったが、ぬいぐるみ頭の動きは鈍い。レイシアは小鬼の彫刻を見つけると、その視線の方向へと走った。

 遠くから悲鳴が聞こえる。間違えて衝撃魔法により弾き飛ばされたのだ。物凄い衝撃だとディランは言っていた。怖い。

 気づけば令嬢は二人にまで減っていた。レイシアは悲しくて仕方なかった。

(あんまりだわ)

 泣きそうな気持で隣を速足で歩く令嬢をちらりと見る。……黙ったまま物凄く怒っていた。声などかけられない程に。怖い。

 二人はようやく本物の執事に到着を歓迎された。そしてサロンに通される。

 隣の令嬢の喉の鳴った音が聞こえた。

「お気に召したかな?ベルの持っているぬいぐるみを参考にしたのだが」

 二人共返事をしない。出来なかったのだ。

「お父様、体がかわいくありませんの」

「そうか!それはぬかったわ」

 国王は鷹揚に笑う。レイシア達はそれどころではなかった。

 通された部屋は日当たりの良い部屋なのに、国王一家の周囲だけどす黒い血の様な色の炎が現れたり消えたりするのが見える。そして何者かが意味の分からない歌を歌っているのも聞こえる。

 レイシアは意識を内側に向け、自分の呼吸の数を無意識に数えていた。このままでは狂ってしまうと思ったからだ。

「では失礼する」

 暫くして国王はその場から退出した。恐ろしい何かは消えたが、ベルや王妃と話した事は覚えていない。

 何とか戻ってくるとディランが門の前で待っていた。馬車が止まるとレイシアは飛び降り、ディランの胸に飛び込んでわんわん泣いた。

「だから行かせたくなかったんだ」

 やがてベルに忠誠を誓い、同じくベルに忠誠を誓った親友が出来る事になるのだが、この時は二度と城に行かないと思っていたのだった。

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