第22話 「まあ、黒の全身タイツじゃなかっただけマシですかねー」
あらすじ
愛子のデートお誘いメール
広い駅の構内、数多くの人々が忙しなく行き来している。仕事、行楽、買い物、等目的に向かって目まぐるしく歩いている。
そんな中、私は商店の壁からあるものを見張っていた。
視線の先は大きな時計塔の根本。その時計塔はこの駅のシンボル的存在で、大勢の待ち人で溢れている。そんな中に1人の女性がいる。その女性こそ、私が見張る標的だ。
標的は長袖のジャケットを羽織り、色がかすれてきたジーンズを履いている。ジャケットの下には「挫折禁止」という緑色の文字をバックに車の標識のような絵がプリントされていた。
長い髪は金。見た目から不良と一発で分かってしまう。そんな女性は、1人しか思い当たる相手はいないだろう。
「天地博士、どうやら約束の時間になっても彼は現れませんねー」
約束の時間、5分前。
待ち合わせの男はいまだ姿を見せず。あ、目標が少し頭を押さえながら髪型を整えている。
ただじっと待つと些細な事が気になってくるの分かるわ。
「それはともかく、博士の格好は何ですー?」
「ふっ! 尾行といったらこの格好しかないでしょ」
黒いコートにハンチング帽。グラサンを掛けて、双眼鏡を装備。手に持ったコンビニの袋にはあんぱんと牛乳。尾行するのならこの格好以外ありえない。
そうだというのに、雪絵ちゃんはカーディガンにブラウスという普段着同然の格好。まだまだ甘ちゃんだわ。
というか、それ以前にチョコスティックを齧っているのはどうかと思うの。
「まあ、黒の全身タイツじゃなかっただけマシですかねー」
「雪絵ちゃんは私をなんだと思ってるの?」
そう、何を隠そう、今回のミッションは愛子ちゃんのデートを尾行すること。
先日、センセイが口を滑らせたために、待ち合わせのこと知ってしまったのがきっかけ。
センセイに犬生(?)に傷が付きそうな尋問を行った末に口を割りおった。
こんな重要イベントを見逃す手はないよなぁ。
そんな背景があり、私は雪絵ちゃんとこうしてデートの顛末を見守ろうという訳よ。
「約束の時間になりましたねー。大吾ちゃんはまだ来てないみたいー」
「時間を守れないとか、人間として恥ずかしくないの? これだから、あいつは駄目なのよ」
何故だか、周囲から視線を集めているような気がするので、早く来て欲しい。
さらに、通報されそうな予感すらある。一応、尾行とか良い行いじゃないから、後ろめたさがないわけじゃないしね。
「来たわね。約束の時間を5分遅刻とか、やっぱり最低ね」
「ちょっと待って、愛子ちゃんの様子を見てくださいー」
2人をよく観察すると、嫌な様子を見せるどころか、愛子ちゃんは嬉々として大吾の腕を引っ張り希望に満ちたデートへとくりだしていく。引っ張られる大吾もまんざらでもない様子だった。
「アレは、大吾ちゃんの駄目男っぷりも含めて好いているみたいー。所謂、ダメンズを好きになってしまうやつの一種ですねー」
くっ、そうか、そういうのもあったのか。確かに大吾は人として終わっているが、そういうところが好きなのは同意できてしまう。口惜しい。
「あ、動き始めたみたいですー。追いかけますよ」
雪絵ちゃんが率先して歩き出す。
私の方が気遅れるするぐらい積極的だ。雪絵ちゃんはゴシップ好きだったようで、いつもの様子を見ていると、確かにそんな片鱗があったわね。
この時計台の上にはデパートがあり、お洒落な衣類、装飾の店が満載されている。買い物にいくのなら、上を目指す――と思いきや、愛子ちゃんは手を引き駅から出て行ってしまった。
「やっぱり、大吾の甲斐性ではその程度よね」
ふふんと鼻を鳴らす。所詮、奴は4天王の中でも最弱。女性を喜ばせるなんて土台無理な話である。
私達は姿勢を低くしながら2人を追って外へと繰り出した。
「いつまで歩くのかしら……」
尾行を初めて15分。まだ一店も入っていない。というか、15分の道のりなら地下鉄を使ったほうが圧倒的に早い。本当に大吾は女性の気持ちを理解していない。
「見てください。ようやくお店に入るみたいですよー」
まさか、この双眼鏡の出番がこようとは。
件の店の近くには小さな生垣があり、2人からはちょうどいい死角になっている。こういうときこそ、双眼鏡の出番だ。
双眼鏡を覗き込んでも店の様子は全く見えてこない。
「遠くにあるわけじゃなくて、今は死角になってるから、双眼鏡で見るのは無理かとー」
「それぐらい、分かっているわよ!」
遊びは終わりとして、顔を見られるのを覚悟して死角から少し体を乗り出した。
件の店は木製で古びた印象を受けられ、表にはそこそこの数のTシャツが飾られている。ただのごくごく普通の衣類の店だと思っていたが、飾られたTシャツに見覚えがあった。
「あの、『ロック』Tシャツ、見覚えがあるわね」
「そういえば、ファミレスに集まった時に着てましたねー」
嫌な予感がする。
もっとよく見えるように体を乗り出す。もう、尾行とかそんなところじゃない。これは、愛子ちゃんの貞操にも似た何かの危機だ。
店の中では意味の分からないTシャツを大吾が手渡す様子が見える。これは、あの趣味の悪いTシャツは大吾の趣味で、それを愛子ちゃんが真に受けてしまっているのではないか?
それは、乙女の心に付け入った悪魔の罠。駄目よ、愛子ちゃん。このままでは騙され続けるわ。
「少し待ってください。よく様子を見てあげてください。大吾ちゃんの反応がおかしくないですかー?」
大吾の様子に注視する。よーく見ると、口を中途半端にあけて、視線も泳いでいる、そして何より、笑顔なのだが笑っていない。
不思議に思い、愛子ちゃんの様子も見てみる。大吾とは対照的に歯を見せるほどの笑顔に、Tシャツを取り替えながら、何が良いかと無邪気な子供のように夢中になっていた。
「これって、愛子ちゃん主導で、大吾が被害者って感じがするわね」
「えーと……あのTシャツは愛子ちゃんの趣味みたいですねー」
小一時間程度で2人が店から出て行くのを確認する。この間に買ったと思われるTシャツの数は5枚。絵柄は見えなかったが、愛子セレクションの素晴らしいラインナップなのだろう。
意気消沈しつつも、尾行を続けた。
今度は徒歩30分。この2人には公共交通機関を使うということを知らないの?
このペースなら、3駅程度で到着するというのに。
「今度は――なんでしょうか? リサイクルショップ? ですかねー」
カップル2人が入っていくには不釣合いな、築20年を超えるような薄汚れ、微妙に壊れている店に入っていく。
今までの尾行が完璧だったお陰で、全く気付かれない。何故か通行人からは奇異の視線を向けられていたが、問題はないと思われる。
「店の中には何かの部品がありますねー。なんでしょうかー」
ちなみに、雪絵ちゃんは今でもスナック菓子を口にしている。何時まで食べるのかしら?
「アレは、クルマや、バイクの部品ね。リサイクルショップというよりは、ジャンクショップみたいね」
売り物自体は壊れていて使えないが、修理して使ったり、パーツ取りしたりと、そういった部品が安価で購入できる。素人お断りの玄人向けの店。
普通のカップルではまず近寄らない場所だが――2人の馴れ初めを聞いた後では、なるほどと感心せざるを得ない。
店の中では2人が仲睦まじく、ジャンクについて語っている。もう、2人の世界で、こちらから出来ることはもうない。ここは店を出るのを待つしかない。
「雪絵ちゃん、あんぱん食べる?」
「私にはお菓子がありますので、牛乳だけくださいー」
「私に牛乳なしであんぱん食べろと!?」
くだらない話をしつつ、待つこと3時間。こちらは飽きに飽き切っている。今更だが、自分が何をしているか分からなくなってきた。
何を期待してこんな尾行をしたんだっけ。
「博士、正気に戻ってください。店から出てきましたよ。きっとこの後、ご飯を食べるに決まってますよー」
食事! それは、男女の語らいをするには申し分ないシチュエーション。きっと、こちらの求めた胸躍るカップルぶりを拝見できるに違いない。
「行くわよ、雪絵ちゃん」
「はい、天地博士」
私達は力を振り絞り、アベックを追っていく。
たどり着いた先は、ファミレス。
決して悪い場所ではない。むしろオーソドックスで感心する程だが、つまらないにも程がある。まあ、やっているのかも疑わしい店に入られるよりはポイントが高い。尾行する側として。
店に入っていった2人を観察できる席を勝手に陣取ると、何を始めるのか注意深く見守る。
「何話してるんですかねー。これが聞けないとあんまり意味ないかもー」
「任せて、こうみえて読唇術を使えるのよ」
「意外ですねー。対人関係スキルは皆無だと思ってましたー」
何気に雪絵ちゃんの言葉が酷い。最近、こんな感じばっかだったような気がするわ。
ともかく、気を取り直して、2人の会話を盗み聞く。
『今日も最高のデートだったな』(今日は疲れたな)
「ちょっと、待って」
こちらの読唇に雪絵ちゃんが手のひらを突きつけて文句をつけてきた。いったい何に不満があるのだろうか。
「大吾ちゃん、そんな事、言ってないよね。テーブルに突っ伏して全くやる気がないじゃない。もっと真面目にしてください」
怒られた。そんなに怒ることはないと思うけど、少し脚色はしたけど。
『お前のどこを食べようかな』(何をたべようかなー)
『あたしならどこを食べていいよ』(あたしは何でもいいけどな)
「あのさぁ……」
雪絵ちゃんの顔から笑顔が消えた。
「あの2人がそんな事を言う訳がないでしょ? 大吾ちゃんなんてだらけすぎて、もう寝るんじゃないかと思うほど顔をテーブルにつけてるじゃん! ちゃんと伝えてください!」
「え? ただ伝えるだけじゃつまらないでしょ?」
「だから、博士の乙女フィルターをかけないでくださいよ!」
「わかったわよ。つまらないけど、文句言わないでね」
今度は普通に伝えるために読唇を開始する。
2人はまだメニューを見ている所をなので、まだ食事関連の話をしているはずだ。
『なんか、無性におにぎりが食べたくなってきた』
『あたしもおにぎり好きだよ』
「あのさぁ……」
雪絵ちゃんの生気の抜けた空ろな目から注がれる軽蔑の視線。
今度はそのままを喋ったはずなのに……。
「いきなり、おにぎりとか出てくるわけないですよね。まだふざけてるんですか?」
「待って、雪絵ちゃん。本当だから、本当にそう言っていたのよ、私を信じて!」
汚名返上とばかりに2人の読唇に集中した。今度こそ、雪絵ちゃんの期待することを口にしてくれること言いなさいよ。
(おにぎりの具って何が好き?)
(あたしは鮭のハラミかな)
ちょっと! 何その会話。おにぎりから離れなさいよ! そんな話なら防衛所でも出来るでしょ!
しかも、鮭のハラミなんて、その具は売ってる方が珍しいよ! もっとメジャーなのをお願い!
私、本当に雪絵ちゃんに殺されちゃうから!
『お前は俺のどこが好き?』
『あたしはハラミかな』
「あのさぁ……」
おう……フィルターをかけることにも失敗した。ある意味ホラーっぽくなってしまった。
「何、その会話! そんな話あるわけないでしょ? ふざけてるの? ハラミとかありえないでしょ! こうやって尾行までして、全然意味ないじゃない! 天地博士はいつもそう、馬鹿な事を言うのにはなれたけど、空気読まなさ過ぎでしょ! 尾行に行くって言ってるのに、逆に目立つ格好してるし、若干、張り込みと勘違いしてるし! 大体、いつも私がどれだけ苦労しているか……」
ついに、雪絵ちゃんがキレてしまった。もう尾行どころじゃない……。しかも、私への文句ばかりでへこみそう……。
もう、これは、雪絵ちゃんが落ち着くのを待つしかないかなぁ。
雪絵ちゃんが怒鳴っている間に、大吾と愛子ちゃんは、怒鳴られている私に気付かず、昼食を終えて店から出て行っちゃうし……。
この説教は1時間を軽く越えた。
本当に何してたんだろう……。




