プロローグ2、公国の休日
とある休日、リネア公国ハイエルン城にて。レティーツィア=リネア=フィルオーレ姫は自室でとある少年が映った「写真」と呼ばれる紙切れを、幸せそうに頬を緩ませながら眺めていた。
天蓋付きの大きなベッドに横たわり写真を眺めることはや一時間。レティーツィアの心には一つの大きな不安が押し寄せていた。
「ああ……ソウタ。もし私と結婚なんてしない、なんて言われたら…………はぁ」
彼を手に入れるために、少しだけ……いや、かなりあくどい方法を使ってしまった。今の時点で彼は八割方自分のものになったも同然なのだが、それでも本人の気持ちだけはどうしようもない。こんな方法を使って嫌われない確率の方が低そうなのは百も承知だが、いざ嫌われるかもしれないとなるとどうしても気分は沈みがちだ。
「自分勝手……よね」
無理矢理リネア公国に移住させるのだ、彼が不満に思わないわけがない。一生に一度のチャンスを自分のために、それもかなり一方的な形で使わせたことになる。罪悪感で押しつぶされそうだった。
しかし、彼の写真を眺めているとそんな罪悪感さえいずこかへ吹き飛んでしまう。彼と結婚できる、そんな事実が自分の頬をこれ以上ない程に緩ませる。
こんな顔を誰かに見られでもしたらたちまち自分への信頼は失われてしまうだろう。一応才色兼備の最強姫様で通っているのだから、細心の注意を払わなければいけない。
だがそれもこんな緩み切った顔では説得力が皆無というものだ。ああ、ソウタ……好きすぎて──。
「失礼します、レティーツィア姫様」
「入りなさい」
声が聞こえた刹那、目にも止まらぬ速さで写真をシーツの下に隠し、如何にも今まで窓の外を眺めて黄昏ていた風にベッドに腰掛ける形で体勢を整える。一連の動作に恐らく一秒もかかっていない。完璧だ。
扉を開けて中に入ってきたのは大臣の……誰だったか。取り敢えずその大臣はレティーツィアが先ほどまで悶絶していたことになどまるで気が付いていないようだった。
「姫様のご婚約相手についてご報告がございます」
「ええ。どうなったの?」
目の前の大臣は酷く緊張した様子で背筋を伸ばし、報告を口にする。
「ニホン国は我がリネア公国の要求を受け入れました。お相手のスズモトソウタ様も婚約を了承した模様。早くて三日後にはこのハイエルン城へやって来るとのことです」
「……そう。盛大に迎えるわ。私の婿となる男なのだから」
「はっ。城を挙げて迎え入れる準備をしております」
「よろしい。下がっていいわよ」
「は。失礼いたします」
大臣はそそくさとレティーツィアの私室を後にした。足音が十分に遠ざかったのを確認してから、レティーツィアは盛大にベッドに飛び込んだ。
「~~~~~~~~!!ソウタが、ついにやって来る……!!」
先ほどまでとはまるで別人のようにベッドで悶えるレティーツィアだった。すかさず隠してあった写真を取り出し、うっとりと眺めはじめる。公国最強の肩書も、たった一枚の写真の前には形無しだった。
「もうダメ……我慢できない。早くきてソウタ……悶々とし過ぎて魔力が暴走しそう……」
こうしてベッドで暴れている今も、気を緩めると炎や雷の一つくらいは放ってしまいそうだ。だが室内でそんなものを放てば大惨事は免れない。父上に迷惑を掛けるようなことは避けたかった。
だがそうしてひたすら悶絶するレティーツィアを他所に、リネア公国の休日は変わらず平和に過ぎていくのだった。