プロローグ1、突然ですが
とある休日、自宅のリビングにて。今僕の目の前には、大の大人二人が僕に向かって土下座している光景が広がっていた。
いきなりこんなことを言われても状況が理解できないのは当然だし、正直当事者である僕もまだ理解できてない。
三十代くらいのスーツをぴっちり着こなしたいかにもエリートっぽい、この男性と女性の二人が僕の家を訪ねてきたのが数分前。身分を提示して貰った上で、僕に話があるということらしいので家に上がって貰った。
そして息つく間もなくこの完璧な土下座だ。僕にどうしろっていうんだ一体。
「あ、あの、なんで土下座なんかしてるんですか?僕、何かやらかしました……?」
念のために言っておくと、目の前で土下座しているこの人たちは政府の役人さんらしい。長ったらしい自己紹介をされたのでどのくらい偉いのかは全くわからないけど、少なくとも僕とはまず関わりのない類の人たちだ。
そんな偉い人が僕に向かって土下座。嫌な予感しかしないのは当然だろう。
「鈴本颯太さん。まず最初にお詫び申し上げます。本当に申し訳ございません」
土下座の姿勢を崩さずに男性の方が言った。戸惑いつつも僕は何とか返事をする。
「あの、いいですから顔をあげてください。何で僕、土下座されてるんですか?」
僕の心から、いや魂からの疑問だ。本当に意味がわからない。何で僕土下座されてるの?ってさっきから心の中で20回は繰り返してる。
そんな僕の言葉に目の前の二人はようやく顔をあげて、こう言い放った。
「鈴本颯太さん、あなたはこれから超法規的措置により日本国籍を失うことになります」
「鈴本さんの人権を半ば無視するような形になってしまう事を、心よりお詫び申し上げます」
「………………は?」
え、なにそれ。僕日本人じゃなくなるの?なんで?しかも急にってどういう事だ。というか人権無視って、え?
呆気にとられる僕をよそに役人さんは淡々と説明をする。
「日本国籍を失う代わりに、鈴本さんにはアナザーワールドに移住していただきます」
アナザーワールド、簡単に言うと異世界だ。およそ100年前に突如世界中に現れた転移門、ゲートから行くことのできる世界。
僕のいる現代と異世界との間では、転移門が現れた時からずっと交流がある。ファンタジーでしかあり得なかった光景は、今や日常風景となっているのだ。最近じゃ近所にエルフ族の人が引っ越してきたし、僕の通う高校でもクラスの半分くらいはアナザーワールド出身の人たちだ。隣の席の子は尻尾と猫耳が生えてるし。
そんな異世界に引っ越せとは一体なにが起きているのか、僕にはまだ理解出来そうになかった。
「えっと……僕にも移住権ってありますよね?移住するかしないかって確か一生に一度しか決められなかったような気がするんですけど……」
「ええ。ですから超法規的措置、です。鈴本さんの移住権は今回の件で行使される事になります」
「あの、また日本に戻ってくることは……」
「移住は一生に一度しか認められておりませんので、不可能です」
なんてこった。どうやら僕は本気でこの愛すべき日本とおさらばしなくちゃいけないらしい。僕、これからどうなるんだろう……ていうか、そもそも一番大事な事を聞いてなかった。
「あの、そもそもなんでこんな事になってるんですか?」
「はい、では先に結論から述べさせていただきます」
男性の役人さんが正座をしたまま、至極真面目な眼差しで僕を見ながら言い放つ。
「鈴本颯太さん、あなたはアナザーワールドにおけるリネア公国第一王女である、レティーツィア=リネア=フィルオーレ姫と結婚していただきます」
僕の脳みそが活動を停止した。今なんて言った?姫?結婚?誰が誰と?
一体なんの話をしているのだろう。もしかして僕を誰かと勘違いしてたり……しないよなぁ……とんでもなく真面目な顔してるもん。
え、なにこれ。僕、結婚するの?
「こ、断ることは……?」
「……外交問題に発展しますので。拒否権はないものとお考え下さい」
一つ、二つと深呼吸する。そして僕は腹の底から心の叫びを声に出してやった。
「──な、なんだってえぇぇぇぇぇええええ!!??」
──その日、僕は自分の預かり知らぬところで自分がどこかの国のお姫様と婚約していた事を知ったのだった。やっぱり拒否権はなかったらしい。
こうして僕は異世界のお姫様と結婚生活を送る事になった。でもこれは、ほんの始まりに過ぎない事を僕はずっと後で知る事になるのだった。




