↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
惟神-mors-  作者: イヲ
PR
5/18

疵跡の

 斎王と最後に会って一ト月が過ぎた。

 もうあんな気分が悪い思いは充分だ。


「惟神!来てやったぜ!」

「いつ来てもおまえんち、ぼっれえなあ! お化け屋敷みてえ!」


 目の前に威勢の良いガキどもがはしゃいでいる。

 しかし、いつもながらずいぶん失礼な事を言う。


「うるせぇ。それが人んちに上がる態度か」


 ――確かにボロいのだが。

 その証に客間の窓が壊れていて外から丸見えで、玄関の鍵を閉めてもこうやって簡単に人に入られてしまう。

 それに冬は寒く夏は暑い。あまりよい環境とはお世辞にも言えない家なのだが、ガキどもはこう言う。


「でもおもしれえよな」


 それがどのような意味なのかは分からないが、子供にとっては都合の良い遊び場のようなものらしい。

 惟神からしてみれば、迷惑以外の何物でもないのだが。


「あのな、俺の家はお前らの遊び場じゃねえ……ってコラ」


人の話を聞かずに勝手に部屋をあさるガキの頭を片手で掴む。小さな頭では、片手で十分だ。


「いででででで!!」


 足をばたつかせながら頭の上の手を離させようと一生懸命もがいている。無論、びくともしない。

 木綿の着物から伸びる小枝のような足がばたついていた。


「百万年早え。人の話はちゃんと聞きましょう」

「いでで!!分かったから離せー!!」


 口の悪いガキだ。己の眉間のしわが一本増えた気がする。


「離せ、だと?口の聞き方のしらねえガキだな、テメエは」

「は、離してくださいー!!」

「それでいい」


 離すと涙目になりながら畜生、と呟いた。もうひとりのガキに、「馬鹿みてえ」と笑われながら。

 子供は純粋だ。目に見えるものをそのまま素直に映す。

 だから神など関係ないのだろう。見たことがないのだから。


「いつかぜってー惟神を負かせてみせるからな!!」

「へえ。まあ、期待しねぇで待ってるわ」


 それまで己が生きていたらの話だが。

 いつ倭どもの生贄にされるかどうかわからないのだ。

 明日かもしれないし、一年あとかもしれない。


「ぜってーだからな! それまで死ぬんじゃねえぞ!!」

「は、何言ってんだか」


 それもまた楽しみなものだが。

 ふいに――客間に響くうるさい声の中に何かがたり、という不自然な音が聞こえた。

 壊れた窓の方だ。立ちあがってその窓の外を覗くと、ちいさく丸まっている少女がいた。


「……何やってんだ、お前」


 その少女はあらかさまに肩をゆらし、怯えるような目つきで惟神を見る。

 おびえられるような目つきをしている惟神は、よけいきつく丸まっている少女を見下ろし、口元をゆがめた。


「何だ?」


 何時の間にか機嫌が直っているガキどもが、窓の外を覗いた途端、「あっ」と声を上げた。


「こいつ、俺知ってるぜ!!」


 指をさし叫んだガキは、顔を明るくさせて叫ぶ。


「お前、クレハだろ!」


少女は消え入るような声で「うん」とちいさな声でうなずいた。


「呉羽? ……ああ」


 聞いたことがある。幼少の時親と死別し、それから孤児院に入ったという少女の噂を。

 小さな町だ。それくらい、いちいち耳に入ってくる。


「なんでこんなとこにいんだ?」



 尋ねても、首を振るばかりで何もしゃべらない。


「……」


どうもこういうガキは苦手だ。意志の疎通がうまくいきやしない。


「分かった!お前、抜け出してきたんだ!!」


 その言葉にまた頷いた。ガキ同士は意志の疎通が上手いものなのだろう。感心しているとずうずうしくもガキ共は「入れよ」などと言う。


「おい。俺の意志はどうした」

「冷てえ奴だな! 子供を追い出すのか?」

「……」


 口の達者なガキだ。


「しょうがねえな…。言っておくが何もでねえぞ」


 仕方がなく言うと、呉羽は嬉々とし入ってくる。

 人付き合いは得意な方じゃない。ましてや他人にひれ伏すなど、それなら死んだほうがましだ。だがその分、子供は誰だろうと平等に接したがる。

 出来た大人よりも、子供の方が付き合いやすいといえば付き合いやすいのかもしれない。

 それをどこかの親父に話したら「それはお前ェの精神年齢が低いからだ」と笑われた記憶があるが。


「なあ、今日は何して遊ぶんだ?」

「……俺に聞くのか」

「だって惟神、色んな遊び知ってんじゃん」


 まるで当然、の如く。


「呉羽! 惟神ってスゲーんだぜ!」


 首を傾げる呉羽に、興奮した様子でちいさなこぶしをぎゅう、と握りながら、己のことのようにひけらかす。


「昔殺人鬼に勝った事があるんだってよ!」

「今も斬られた傷が残ってるんだぜ! かっこいいよなァ!?」


 胸の傷がうずく。

 まるで、膿むように。


「……その話はやめろ」

「何で?」

「人にはな、思い出したくねえ事もあるんだよ」


ごくごく普通に言っているつもりだが。


「……どうしたの?」


(どうしたの、か。)


 それでも、ガキは聡いから気づいてしまうのだ。


「痛いの」



(ああ、痛いよ。)

(当はな、ガキ共。殺人鬼なんかに斬られたんじゃねえ。)


 本当は、


「……」



 じい、と見つめられる。

 視線が痛い。


「痛いさ」


 うずいてうずいて仕方がない。

 うすく頷いてみせると、恐々と呉羽の手が胸の疵跡に触れた。


「……!」


 ふいに、胸の傷の痛みがほんのわずかだが、消えたのだ。


「前ね、おかあさんから聞いたの。痛いところに手を当てると痛くなくなるんだって。それで、”手当て”って言うんだって」


 呆然と呉羽を見下ろしていると、肩までの黒髪を揺らし、微笑む。

 祖母にも聞いたことがある。そう、どこか遠いところで思う。


「痛くなくなった?」


 首を傾げながら、少女が問う。


「あ、……ああ……」

「スゲー! 呉羽、おまえスゲーなあ!!」


 先刻より興奮した様子で隣にいるもうひとりのガキと、な!と同意を求めた。


「おう! スゲーな!」


 その様子に呉羽は少し吃驚したようで、しかし照れながらも少女らしく笑っている。

 それにつられてらしくもなくつい笑ってしまった。

 しまった、と思ってももう遅い。


「うお! 惟神が笑った!!」

「明日雪でもふるんじゃねえの!!」


 ほんとうにこのガキどもは失礼極まりない。逆に言えば素直なのだろうが。


「うるせえ、ガキ共!! 黙れ!」

「ぎゃははは! 顔赤いぜ!」

「本当だ!! 変なの!」

「……っこの……!」


 大人気ないとおもいつつも、ついついガキ共の言動に反応してしまうあたり、あの親父の言葉が正当に思えて仕方ない。

 それに自己嫌悪しつつもガキと鬼ごっこ宜しく駆けまわってしまう。

 横目でちらりと呉羽を見ると彼女もまた腹を押さえて笑っている。

 なんだかやるせない、と思いつつも捕まえようと躍起になるが流石は子供、足が速い。


 格闘すること約30分。とうとう捕まえられずに、客間で一息つく。


「こんぐらいで疲れちゃ、惟神ももう年だな!」

「なっ……! 俺はまだ二十歳だ」

「年じゃん!」


 まあ、毎日あんだけ飲んでりゃ身体もガタがきて当然なのだが。


「ああ……ったく。もうお前ら帰れ。母ちゃんが心配してんぞ」

「ええ、もう?」

「ちぇー」


 文句を言いながらも客間の壊れた窓の外から下駄を出し、履きだす。


「呉羽。お前も帰れ」

「うん」


 素直に返事をする。二人に比べ、聞き分けがいい。


「じゃあな、惟神!」

「あー」

「また来るぜ!」

「来んでいい」

「だって淋しいだろー」

「淋しかない」

「へーへー。じゃーな!」


 相変わらず人の話を聞かねえガキだ。

 呉羽も下駄を履き終えて小さく手を振る。惟神もぶっきらぼうに手を振ると呉羽は一層嬉しそうに笑い、ふたりの後に着いて行った。


「……ガラじゃねえな」


 一人ぼそりと呟く。

 それはやけにこの部屋に響いたような気がした。










 それから一週間後のこと。



 呉羽が、

 次の贄になったと、神殿から連絡があった。



 その言い方には何故か嘲笑も含まれていて再び、疵跡の疼きが止まらなく、なった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。