スープカレーと北の麺文化
温泉で旅の疲れを完全に洗い流し、身も心もさっぱりとリフレッシュしたノボリベッツ侯爵をはじめとするノースシーロード王国の使節団。
彼らが案内されたのは、ムーツ領の温泉迎賓館が誇る、贅を尽くした大広間だった。
広間の中心に据えられた長大なテーブルには、イースティア王国北方の豊かな食材をふんだんに使った極上の料理の数々が並び始めている。
イースティア王国側からはジークフリート殿下、王都から赴いた通商の重鎮・アルスター公爵、そして地元有力諸侯のハギムーン侯爵が温かく使節団を迎え入れた。
「――よくぞ無事に海峡を渡られた。今宵は堅苦しい話は抜きだ。まずは我が国の自慢の料理を心ゆくまで堪能してほしい」
ジークフリートの朗らかな音頭とともに、盛大な歓迎の晩餐会が幕を開けた。
まず最初に運ばれてきたのは、グンマーの特製ネギと鴨肉のテリーヌだった。美しく彩られた前菜を口にした使節団から、早くも「ほう……!」と感嘆の声が漏れる。
シャキッとしたネギの甘みと旨みたっぷりの鴨肉が織りなす絶妙なハーモニーに、ノボリベッツ侯爵も機嫌よくうなずいた。
続いて、給仕の侍女たちによって、それぞれの席へと上品な陶器の器が丁寧に配られていく。
中に入っていたのは、香ばしいスパイスの芳香を漂わせる個別のイカとタコの海鮮スープカレーだ。
ゴロリと入った香ばしいじゃがいもや甘みのあるネギなどの根菜類に加え、北の荒海で育った旨みたっぷりのイカやタコが贅沢に顔を覗かせている。
その食欲をそそる美味そうな匂いに、使節団の面々も思わずゴクリと喉を鳴らした。
目の前に置かれた器からスプーンでスープと具材を口に運び、ノボリベッツ侯爵が目を見開いた。
「――っ! なんという奥深いスパイスの旨みだ……! 荒海の恵みであるイカやタコの出汁がしっかりと溶け込み、ゴロっとした根菜の甘みと相まって……美味い!」
感動するノボリベッツ侯爵だったが、ふと手元の個別の器を見つめながら、どこか懐かしそうな、そして誇らしげな笑みを浮かべてこう言った。
「いやぁ、実を言うとこのスープカレー、我がノースシーロード王国でも大流行している名物料理なのだよ。だがな、うちの領地では少しばかり食べ方に流儀があってね……。我が国では、この濃厚なスープに『麺』を入れて食べるのが最高に美味いんだ!」
その言葉に、アルスター公爵やジークフリートが「ほう、麺を?」
と興味深そうに視線を向ける。
すると、厨房の入り口あたりで様子を窺っていたヘッドオブサービスのイチカは、そのやり取りを逃さず、スッと静かな笑みを浮かべながら絶妙なタイミングで給仕のスタッフへ合図を送った。
――ほんのわずかなアイコンタクト。
それだけで意図を汲み取ったスタッフが、素早く引き返し、美しく茹で上げられた替え玉用の麺が盛られた小鉢を静かにノボリベッツ侯爵の脇へと差し出した。
「おや……?」
ノボリベッツ侯爵が驚いて目を丸くする。用意されていたのは、旨味の強いスープによく絡むコシのある特製の麺だった。
「我が国の料理長も、北の地には独自の食べ方があると聞いて研究していたのです。よろしければ、お試しいただけますか?」
アルスター公爵が重みのある笑みを浮かべながら促すと、ノボリベッツ侯爵は豪快に笑った。
「ハハハ! 面白い! まるで我が国の好みを先回りされたようだ!」
ノボリベッツ侯爵がさっそく目の前のスープカレーの器へと麺を投入し、しっかりとスープを絡ませてすする。
魚介とスパイスの旨みを吸い込んだ麺の小麦の風味が絶妙に一体となり、思わず男の顔が歓喜にほころんだ。
「――くぅ〜っ! これだ! これだよ! まさか遠く離れたこの地で、我が国の故郷を思い出す最高の食べ方にありつけるとはな!」
使節団の他の面々からも「おおっ!」「イカやタコにこの麺がまた合うじゃないか!」と歓声が上がり、テーブルの一団は一気に和やかな熱気と笑顔に包まれる。
見事なまでの機転とホスピタリティを見せたイチカの采配に、ジークフリートやアルスター公爵も満足げにうなずいた。
スープカレーの盛り上がりから続いて運ばれてきたメインの肉料理は、鹿肉の香草焼き、夏秋イチゴと赤ワインのソースだ。
香ばしく焼き上げられたジビエの芳醇な香りに、甘酸っぱい夏秋イチゴとコクのある赤ワインが織りなすソースが極上のアクセントとなり、ワイングラスを傾ける男たちの手をさらに進めさせる。
そして、宴の締めくくりを飾るデザートとして、上品な甘さのショートケーキが優美にサーブされた。
極上の美食の数々と温かなもてなしに心満たされ、イースティア王国とノースシーロード王国の距離を縮める夜は、和気あいあいと更けていくのだった。




