迎賓館襲撃?
温泉と極上のサウナ、そして夜な夜な繰り広げられた「夜鳴きそば」の洗礼により、賓客たちの満足度は最高潮に達していた。
しかし、翌日――いよいよ本番の外交会談を控えた迎賓館の空気は、一転してピリリとした緊張感に包まれていた。
大会議室では、ジークフリート殿下、アルスター公爵、ハギムーン侯爵による最終の密談が行われている。
その頃、少し離れた優雅なサロンでは、エオノーラ夫人、シュクレ夫人、そしてビクトリア王弟妃、さらにイチカが穏やかにティータイムを楽しんでいた。
芳醇な紅茶の香りが漂う中、イチカが上品にカップを口に運ばそうとした、その瞬間だった。
――ドォンッ!!
すさまじい地響きとともに、遠くで窓ガラスがビリビリと震えるほどの爆発音が響き渡った。
「っ……!?」
イチカは反射的にテーブルから身を引き、大きく目を見開いた。
隣に控えていた護衛兼メイドのセレナは、一瞬で主人の前へと飛び出し、いつでも抜刀できる姿勢をとって鋭く周囲を警戒する。
しかし、当の夫人たちはというと――。
「あら」
エオノーラ夫人は眉一つ動かさず、優雅に紅茶のカップをソーサーに戻した。
ビクトリア王弟妃もふわりと微笑んだままで紅茶を傾け、シュクレ夫人も涼しい顔でクッキーをつまんでいる。
誰も慌てる様子すらない。
「ええ、あの、今の爆発音は……!?」
青ざめるイチカに、エオノーラ夫人はふっと優しく微笑み、まるで日常の他愛ない話でもするかのように告げた。
「落ち着きなさい、イチカ。あれは訓練よ。ジークフリート殿下の近衛騎士団が、万が一の事態に備えて、王弟殿下の護衛部隊を仮想敵に見立てて仕掛けた演習よ。毎度のことだから驚く必要はないわ」
「くん、れん……?」
ビクトリア王弟妃もクスリと笑い、「主人の部下たちも、たまにはこうして気合を入れないと鈍ってしまいますからね」と優雅に付け加えた。
(毎度のことって、迎賓館の真裏でやる規模の爆発音じゃないですよ!?)
とイチカが心の中で絶句していると、サロンの扉がノックされ、使者が慌ただしく入ってきた。
「失礼します! アルスター公爵夫人、そしてムーツ男爵令嬢。大会議室へお越しください。ジークフリート殿下が、あなた方をお呼びです」
戸惑いを残したまま大会議室へと向かったイチカが扉を開けると、そこには険しい顔つきのジークフリート殿下、アルスター公爵、ハギムーン侯爵に加え、なぜか緊張の面持ちをしたルーカスが控えていた。
中央には、先ほどの「仮想敵」の演習を終えたばかりと思われる護衛の隊長が直立不動で立っている。
ジークフリート殿下は冷徹な視線を隊長に向け、低い声で問い質した。
「……報告しろ。たった今の急襲演習、我が近衛の侵入を阻止するのに何秒かかった?」
「はっ! 想定を上回る敵の奇襲に対し、初動対応にわずかな遅れが生じました。侵入を完全に阻止するまで、計12分を要しております!」
隊長の報告を聞き、ジークフリートは鼻を鳴らして険しい表情を緩めない。
「ふん……甘いな。本番のノースシーロード王国との会談に臨むにあたり、この程度の警備網では不合格と言わざるを得ない。出直せと言いたいところだが――」
殿下はふっと表情を和らげ、視線を部屋の隅に立つルーカスへと向けた。
「まあいい。今回の演習において、急襲の予兆をいち早く察知し、的確な迎撃ルートを構築して全体の指示を出した者がいたな。――ルーカス、一歩前に出よ」
「はっ!」
引き締まった返事とともに、ルーカスが力強く一歩前に出た。
ジークフリート殿下は、信頼を込めた力強い眼差しでルーカスを見据えた。
「お前の見事な指揮と瞬時の判断力のおかげで、我が軍の致命的な隙がカバーされた。……見事だ。今回の防衛テスト、お前の働きぶりは文句なしの『合格』だ。よくやってくれた」
その言葉に、室内の空気が一気に和らぎ、アルスター公爵やハギムーン侯爵からも称賛の視線が送られる。
ルーカスは深く一礼し、キリッとした表情のまま胸を張った。
爆発音の驚きから一転、引き締まった空気の中で告げられた合格通知。3日後に迫った外交会談に向け、ムーツ領の守りは着実に、そして万全の体制へと仕上がっていくのだった。




