本番を見据える瞳
全員がデザートを食べ終えたところで、エオノーラ夫人はスッと紅茶のカップを置き、イチカに向けて優雅に微笑んだ。
「イチカ、素晴らしいミルフィーユだったわ。けれど、本番のデザートについての指示を出しておくわね」
「はい、エオノーラ様。どのようなご指示でしょうか」
「予定では今のミルフィーユだったけれど……本番はこれを変更しなさい。デザートには、私たちが午後にいただいた『ショートケーキ』を出すのよ」
エオノーラは周囲を見回しながら理路整然と語った。
「私たち王都の人間はすでにショートケーキを味わっていたから、今のミルフィーユも新鮮味があって良かったでしょうけれど、ノースシーロード王国の使節団はどちらも初見です。
ならば、あの圧倒的なビジュアルとスポンジの衝撃を持つ『ショートケーキ』を本番のデザートに据えるべきだわ。このミルフィーユは、ウェルカムデザートや別の機会にとっておきなさい」
「さすがエオノーラ様、ごもっとまでございます」
イチカはすぐに頷き、本番に向けた厨房への指示を手配した。
すべての皿が滞りなく提供され、大満足の笑みに包まれた晩餐会がお開きに近づいたその時、エオノーラ夫人はイチカに向けてさらに思いがけない言葉を投げかけた。
「――お疲れ様、イチカ。美味しい料理の数々、実に見事だったわ。さて、最後にあなたに重要な役割を言い渡しておこうかしら」
「私に、でございますか?」
「ええ。今回の会談、シモキタール男爵家はあくまで会場を提供したに過ぎず、公式のホストを務めるのはジークフリート殿下よ。
つまり、この晩餐会はホストとして席を共にしたけれど……実際に王国使節団を迎え撃つ明日本番の外交の場では、男爵令嬢のあなたの席はないわ。その代わりあなたは『給仕の最高責任者』として、この晩餐会のすべてを仕切りなさい」
エオノーラはふっと艶やかな笑みを浮かべ、さらに続けた。
「最高の料理を作り、最高の采配で賓客たちをもてなす。
それが、この場におけるあなたの本当の舞台よ」
その言葉に、イチカはハッと息を呑んだのち、身を引き締めて深く一礼した。
「……承知いたしました。我がシモキタール男爵領の誇りにかけて、明日の本番も最高の晩餐を完遂させてみせます」
北の寒村から始まった挑戦は、王国の最高権力者たちを巻き込み、いよいよ最終局面の外交舞台へと駆け上がろうとしていた。




