激動のメニューと給仕長イチカ
ムーツの夜のとばりが下りる頃、温泉迎賓館の大食堂は、王国の最高権力者たちを迎え入れるために贅を尽くした装飾で彩られていた。
中央の長大なテーブルには、ジークフリート殿下、ビクトリア王弟妃、アルスター公爵夫妻、ハギムーン侯爵夫妻という、王国の中枢を担う面々がずらりと並んでいる。
そして、その一員として、領主であるイチカもまた、皆と同じテーブルの席にしっかりと腰を下ろしていた。
いよいよ、ノースシーロード王国との本番に向けた「最終リハーサル兼・極上の歓迎晩餐会」の幕開けである。
まずは前菜として、給仕たちが美しく盛り付けられた皿を運んできた。
「最初の一皿は、『グンマーの特製ネギと鴨肉のテリーヌ』でございます」
イチカが自ら微笑みながら説明を入れる。
「独特の甘みと強い風味を持つグンマー産のネギをじっくりと柔らかく火入れして旨味を極限まで凝縮させました。
それを、香ばしく焼き上げた鴨肉と一緒にテリーヌに仕立て、アクセントにほんのりスパイスを利かせた特製ソースを添えております」
口に運んだ瞬間、鴨肉の濃厚な旨味と、とろけるようなグンマー産ネギの甘みが口いっぱいに広がり、一同から
「これは見事だ……!」
と感嘆のため息が漏れた。
続いて運ばれてきたのは、魚料理を兼ねた温かいスープである。
「続きまして、『イカとタコの海鮮スープカレー』です」
「北の海の恵みである新鮮なイカとタコ、ホクホクのジャがいも、そして先ほどの極太ネギをふんだんに使い、数十種のスパイスでじっくり煮込みました」
スパイシーで食欲をそそる香りがテーブルを包み込む中、ジークフリート殿下はスプーンですすり、少し複雑そうな顔をして首を傾げた。
「うむ、美味い。魚介の旨味とスパイスの融合は素晴らしいが……イチカ嬢、この強烈な個性と辛味は、いささかクセが強すぎやしないか? 」
ジークフリート殿下は続けて、
「外交の場、それもノースシーロード王国との大事な晩餐会に出すには、あまりにも尖りすぎていて意見が割れる気がするのだがね」
殿下の懸念に対し、イチカは微塵も怯むことなく、むしろ誇らしげに胸を張った。
「いえ、殿下。だからこそ、この一皿は今回の会談に絶対に出すべきなのです。
あちらの過酷な寒冷地に生きる者たちにとって、この強烈なスパイスと温かさは、身体の芯から魂を揺さぶる最高の馳走になります。必ずや彼らの度肝を抜いてみせます」
その揺るぎない自信に満ちた眼差しに、ジークフリートは「そこまで言うなら……面白い、任せよう」と、苦笑しながらも納得した。
そして、場が最も盛り上がるメインの肉料理が運ばれてくる。
「メインディッシュは、『鹿肉の香草焼き、夏秋イチゴと赤ワインのソース』でございます」
イチカの言葉に合わせて、芳醇なハーブの香りが広がる。
「香り高いハーブとスパイスで丁寧にマリネした鹿肉を、外は香ばしく、中はジューシーに焼き上げました。
ソースには、今が旬であるムーツ領自慢の『夏秋イチゴ』の鮮烈な酸味と、厳選された赤ワインを合わせております」
肉の野性味あふれる旨味と、イチゴの甘酸っぱいソースの絶妙なマリアージュに、シュクレ夫人は
「まあ、お肉のソースにイチゴを合わせるなんて……!」
と目を丸くし、口にした後は言葉を失うほどの美味しさにうっとりと酔いしれた。
いよいよ最後、甘味の番となった。
まずは、予定通り「夏秋イチゴのミルフィーユ」がテーブルに運ばれてくる。
ジャムを混ぜ込んだ滑らかなクリームと、サクサクのパイ生地が完璧な技術で焼き上げられた美しい一皿だった。
一同は「これもまた絶品だ」と感嘆しながら上品に平らげ、ミルフィーユ特有の香ばしさと爽やかな酸味を堪能した。




