北方警備隊到着
北の冷たい風が吹き抜けるムーツ領シモキタール男爵邸の前。
その広場に、ガッシリと馬蹄を踏み鳴らしながら、一糸乱れぬ整然とした一団が到着した。
総勢30名からなる北方警備隊である。
重厚な鎧に身を包んだ彼らは、寒風の中でも微動だにせず、軍旗の下で完璧な隊列を組んでいた。
地方の小規模な男爵邸の前に現れたとは思えないほどの、王都精鋭の気高い雰囲気が漂っている。
その先頭に立ち、馬から軽やかに飛び降りたのは、引き締まった体躯と鋭い眼光を持つ男――北方警備隊副隊長、ハルクだ。
「――北方警備隊、定刻通りに到着いたしました!」
ジークが敬礼すると、男爵邸の前で待ち構えていたルーカスが、ふっと力強い笑みを浮かべて歩み寄った。
「ご苦労だったな、ハルク。よくぞ無事にたどり着いてくれた」
「お久しぶりです、ルーカス副団長……いえ、今はムーツ領の北部防衛を預かる身でしたね」
ハルクは、かつて王都騎士団にいた頃、ルーカスの最も信頼する右腕であり、数々の修羅場を共に潜り抜けた部下だった。
今回派遣された30名の隊員たちも、すべてルーカスが全幅の信頼を置く古参や精鋭たちで固められている。
顔見知りの部下たちが次々と馬から降りると、ピリついていた空気が一転して頼もしい連帯感に包まれた。
到着の挨拶もそこそこに、さっそく簡単な指揮権の引き継ぎ儀式が執り行われた。
男爵邸の応接室にて、ルキウス男爵の立ち会いのもと、ハルクからルーカスへと正式な防衛指揮権および警備体制の書類が手渡される。
形式的なものではあったが、北方の要衝を守る正式な軍の移譲として、引き締まった空気が流れた。
「よし、形式的な手続きはここまでだ。お前たち、長旅で冷え切ったろう。まずは新しい宿舎へ案内する」
ルーカスの号令で、一行は男爵邸の敷地内、少し離れた一角へと移動した。
そこには、ノースシーロード王国との会談や今後の防衛を見据えて、目立たないように、しかし頑丈に建てられた真新しい「駐屯所」があった。
「ふむ、外観は周囲の景観に馴染むよう控えめに作ってあるが……」
ジークが興味深そうに観察しながら、隊員たちを引き連れて門をくぐる。
中に入った瞬間、ジークも、後ろに続く精鋭たちも、一斉に足音を止めた。
そこには、ただの寝泊まりだけの質素な 兵舎ではなく、完全な環境が整っていた。
頑丈な造りの個別の宿舎棟はもちろん、天候を気にせず体を動かせる屋根付きの訓練所。
そしてその一角には――もうもうと白い湯気を上げる、広々とした石造りの「大浴場」が鎮座していた。
「な……なんだこれは……?」
ハルクは目を丸くし、信じられないものを見るように瞬きをした。
「兵舎のそばに、これほど立派な訓練所……いや、それ以上に、この湯気は……まさか、温泉か!?」
「ああ。この領地の名物の一つでね。北の冷え切った体に染みるんだこれが」
ルーカスがニヤリと腕を組んでみせる。
ハルクは思わず大浴場の脱衣所に歩み寄り、湯船から立ち上る心地よい熱気と、ほんのり硫黄の香りを嗅いだ。
長旅の馬上の冷え、ピリピリとした緊張感、そしてこれからの重責――そのすべてが一瞬で溶かされていくような心地よさに、ハルクの表情が緩みきっていく。
「……訓練所に、フカフカのベッドの宿舎、しかも敷地内に極上の温泉だと……?」
ハルクは天を仰ぎ、両手を広げて感嘆の声を漏らした。
「……おい、聞いてるかお前たち! ここは地獄の最果てなんかじゃない、天国だ……! 我々は天国に配属されたぞ……!!」
ハルクのその言葉に、後ろに控えていた30名の精鋭たちから「おぉーっ!」とどよめきと歓声が沸き起こった。
一糸乱れぬ精鋭部隊が一瞬で「温泉とメシを心待ちにする男たち」の顔に戻った瞬間だった。
こうして、心強い味方である北方警備隊が万全の体制でムーツ領に合流し、来るべき会談に向けた守りは完璧に固まったのだった。




