次なる宴の企て
長い旅路を経て、私たちの馬車はついに我がムーツ領へと戻ってきた。
馬車の荷台に積まれていたのは、王都での滞在中に料理長のレイブンから頼まれていた大量の品々
――料理の幅を劇的に広げる、王都ならではの珍しいスパイスの数々だ。
これには料理長のレイブンも目を輝かせて喜ぶに違いない。
まずは凍えた身体と長旅の疲れを癒やすべく、私たちは真っ直ぐ温泉へと直行した。
湯けむりに包まれ、極上の温泉に体を浸した瞬間、「あぁ、やっぱり我が家の温泉が一番だわ……!」と、全身の力が抜けていくのを感じる。極寒の地だからこそ、この温もりがたまらなく染みるのだ。
すっかりリフレッシュした私たちは、そのままの足で男爵邸の執務室へと向かった。
そこには、父であるルキウスと、アルスター公爵家の三男であり、現在ムーツ領の経理を取り仕切ってくれているロベルトの姿があった。
そして旅を共にしたルーカスと私を加えた4人で、今後の重要事項に関する打ち合わせが始まった。
まずは、王都でのやり取りの報告からだ。
「父様、ロベルトさん。無事に王都での用事を済ませて戻りました。それと――ノースシーロード王国との会談ですが、ルーカスさんが北方警備隊の隊長に就任することを受諾しました。それに伴い、会談の開催も正式に引き受けることで話がまとまっています」
私がそう告げると、ルキウスとロベルトは「ほう」と頷いただけで、特別驚いた様子は見せなかった。
「あぁ、ルーカスが北方の盾になると決まった以上、王国側も会談を蹴るわけにはいかないからな。予想通りの展開だ」
ロベルトが手元の書類をパタンと閉じながら、冷静に微笑む。
「ええ、ルーカスさんの動向を見れば、王国側が会談の受諾を求めてくるのは既定路線でしたからね。むしろ、ここからが本番ですよ」
ふたりの頼もしい反応にうなずきつつ、私たちは本格的な会談に向けた準備の協議へと入った。
「会談に向けて、何が必要か意見を出し合おう」
ルキウスの言葉を皮切りに、次々と意見が飛び交う。
安全面を考慮した新たな防衛設備や警備隊や来賓の護衛部隊の宿泊施設について話を振ると、ルキウスとロベルトはニヤリと顔を見合わせた。
「その件なら心配いらん。安全面の強化や新しい迎賓設備のプランは、もう二筋縄でいかない我が領の防衛を考慮して、あらかた俺たちで固めてある。建築のほうの準備も、ブルーフォレスト伯爵にはすでに手配済みだ」
「さすが父様、仕事が早いですね」
着々とハード面が整えられていることに感心しつつ、次に問題となったのは、外交の大きな武器となる「晩餐会のメニュー」だった。
「ノースシーロードの使節団、そして王国からの要人たちを唸らせるには、やっぱりムーツならではの新メニューが必要よね。
王都から持ち帰ったこのスパイスたちを使えば、今までにない極上の料理が作れるはずだわ」
私がスパイスの袋を軽く持ち上げてみせると、ルーカスやロベルトも「あれは期待できそうだな」と頷く。
「メニューの最終決定については……そうだ、会談の前に『前入り』する予定の王弟ジークフリート殿下に、直接ご意見を伺うというのはどうかしら?」
私が提案すると、一同はなるほどと納得した表情を浮かべた。
もっとも、私の内心では――。
(あの人、絶対においしい料理と温泉目当てで、また我が物顔で早めにやってくるだけなんじゃ……?)
そんなツッコミがよぎったが、外交的な建前と大人の配慮として、口にはグッとチャックをしておいたのだった。
こうして、北の玄関口のムーツ領を舞台にした一大外交プロジェクトは、万全の体制を乗せて、着々と動き出すのだった――。




