未知なる秘境と懐かしの実家
王都での2大イベントを終え、イチカたちの馬車はついに北のムーツ領へ向けて出発――ではなく、その途中に位置するとある特殊な地域へと進路をとっていた。
今回の帰路の途中、苺香はあえて少し遠回りをする計画を立てていた。
この世界は、前世で生きていた現代の世界にどこか似ている。
そうであれば、ムーツ領へと至る街道の途中にある、あの土地に立ち寄らないわけにはいかない。
「グンマー……。一体どんなすごい秘境なのかしら。やっぱり入国するのに通行手形とか必要なのかしら……?」
飛んだ秘境のあるあの物語を想像しながら、苺香はついにその土地の境界へと足を踏み入れたのだった。
――だが。
実際に馬車を進めてみると、目の前に広がっていたのは普通の豊かな田畑や、のどかな山々の景色。
もちろん通行手形を要求されるような検問所なんてものもなく、拍子抜けするほど平和で整備された街道が続いている。
「なんだ、ムーツの方がよっぽど秘境じゃない……」
苺香は窓から首を引っ込めると、呆れたような、そして盛大なツッコミを入れたくなった顔で呟いた。
思わず零れた苺香の感想に、隣で手綱を握っていたルーカスが
「まあ、あそこは基準がおかしいからな」と苦笑いを浮かべるのだった。
その後、馬車に揺られ、前世の記憶を頼りに「実家のイチゴ農園があったはずの場所」へと近づくにつれて、苺香の胸は妙な高鳴りと懐かしさでいっぱいになっていた。
――そう、あの甘酸っぱい赤い宝石たちが並ぶあの風景。
「ふふっ、久しぶりだなあ。子供の頃、こっそり摘み食いして怒られたっけ……。
この世界のグンマーにも、ちゃんと私の実家のイチゴ畑はあるのかしら」
期待を膨らませながら、馬車から降り立った私の目に飛び込んできたのは――。
どこを見渡しても、見事なまでに青々とそびえ立つ、大量の「長ネギ」だった。
しかも、ただのネギではない。ずっしりと太く、いかにも育ちが良さそうな高級ブランドネギの群れが、風に揺られてザワザワと音を立てている。
「……え?」
私は自分の目を疑った。イチゴの甘い香りなど微塵もせず、鼻腔を突くのは力強いネギの匂いだ。
記憶の断片を慌ててひっくり返すが、どう見てもそこにあるのはイチゴではなく一面のネギ畑だった。
「いや、ちょっと待ってよ! 私の実家、イチゴ農園じゃなくてネギ農家だったの!?」
あまりのシュールな現実に、私は思わず頭を抱えてその場で崩れ落ちた。
隣でその光景を見ていたルーカスは、呆れたような、しかしどこか楽しそうな笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「……どうやら、甘い果実の夢は脆くも散ったようだな、イチカ。だが、これだけ立派なネギが育つ土地なら、鍋には困らなさそうだが?」
「そういう問題じゃないわよ!」
ツッコミを入れる苺香の声が、グンマーの青空にむなしく響き渡るのだった――。




