ブルーフォレスト亭の迷走ラーメン完成
舞台は北方の雄、ブルーフォレスト伯爵領の広大な厨房。しかし、そこには連日ただならぬ殺気と、獣骨を煮込む独特の強烈な匂いとが立ち込めていた。
ムーツ領でイチカ嬢が振る舞ったラーメンに強烈な衝撃を受けたブルーフォレスト伯爵。
彼は帰領するやいなや、「我が領でもあの美味を再現するのだ!」と、専属の料理長たちに厳命を下した。もちろん、伯爵が自ら厨房に立つわけがない。
ムーツの定番である「干し貝柱の海鮮スープ」ではなく、イチカ嬢から「ワイルドボアの骨を使ったスープが美味しい」と教えてもらった伯爵は、そのワイルドボア骨スープの再現に異常な執念を燃やしていた。
「おい料理長! イチカ嬢が言っていたあの『ワイルドボアの骨』のスープだ! ムーツの海鮮スープとは一味違う、あの野性味とコクのある極上のスープをどうしてうちではできんのだ!」
厨房の隅で、専属料理長はすでに何度目かの試作品を伯爵に差し出しながら、死にそうな顔で頭を抱えていた。目の下にはくっきりと巨大なクマができている。
それもそのはず、これまで幾度となくワイルドボアの骨をただひたすら煮込み続けているのだが、どうにもあのイチカ嬢から聞いた絶妙なバランスの味にはならず、ただ臭みが強かったり、脂っこかったりするだけの失敗作の山が築かれていたのだ。
ゴミ箱は大量のボア骨で溢れ返っている。
「伯爵様……! ワイルドボアの骨を砕いて煮込んでみたり、香味野菜を足してみたりと、考えつく限りの手は尽くしました……! しかし、どうにもあの深い旨味とキレが出ないのです……!」
「言い訳無用! 旨味が足りんのだ、旨味が! イチカ嬢の言っていた『骨から出る力強いスープ』
の真髄はそんなものではないはずだ!」
あまりのプレッシャーと連日の激務に、料理長の精神はいよいよ限界寸前を超え、完全にぶっ壊れかけていた。
(くそっ……! どうせ何を作っても『ダメだ』『やり直しだ』と言われるんだ! もう知るか! ボアの骨だけじゃなくて、そこらの端っこに転がってたクズ野菜の切れ端でもなんでも放り込んで、勝手に煮えろボケェッ!!)
もはや自暴自棄、ヤケクソの極みに達した料理長は、タマネギの皮やネギの根っこ、変色したキャベツの外葉といった、普段の高級料理なら絶対にスープに入れないような「クズ野菜の切れ端の山を、大鍋へ乱暴に放り投げた。
そして強火でガンガンとヤケクソの荒技で煮込みまくった。
――数時間後。
「ほう、またどうせ失敗した試作品か。どれ……」
不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、伯爵がそのヤケクソスープの匂いを嗅ぎつけた瞬間、彼の足がピタリと止まった。
「……ん? なん、だ、この香りは……っ!?」
これまでの獣臭さやただの脂っぽさが綺麗に消え去り、ワイルドボアの骨から抽出された強烈な肉の旨味と、クズ野菜が見事に溶け込んだ、かつてないほどふくよかで奥行きのあるスープの芳香が調理場に満ちていた。
おそるおそる一口すすった伯爵の瞳が、限界を迎えていた料理長の目の前で、カッと大きく見開かれる。
「ま、美味い……っ!! これだ! これなのだよ料理長! この野性味あふれるボアの骨の旨味を、野菜の甘みが完璧に支えている……! 奇跡の進化系だあっ!!」
「……は? え……?」
ヤケクソで作ったはずのクズ野菜入りボア骨スープが、思いがけない化学反応を起こして完璧なスープを完成させてしまった瞬間だった。
こうして、ブルーフォレスト伯爵領の迷走ラーメンは、料理長のヤケクソによって奇跡の第一歩を踏み出すのだった――。




