明かされる領地経営の哲学
温室での優雅なイチゴ狩りとティータイムを堪能した王弟ジークフリートとビクトリア王弟妃の一行は、いよいよ新しく生まれ変わった男爵邸へと足を運んだ。
重厚かつ洗練された佇まいの応接室に通された二人のもとへ、ムーツ領の当主である男爵ルキウスが緊張の面持ちでやってくる。
「よくぞお越しくださいました、王弟殿下、妃殿下。我がようなる小さな男爵邸へお迎えでき、身に余る光栄でございます」
深々と頭を下げるルキウスに対し、ジークフリートは気さくに手を振った。
「いや、堅苦しい挨拶は抜きにしてくれ。
それにしても、この屋敷の建て替えも見事なものだな。
ここまで領地を急速に発展させるとは、ルキウス男爵の手腕には驚かされるばかりだ」
ジークフリートの称賛に、ルキウスは冷や汗を拭いながら、力強く首を横に振った。
「いえ、とんでもございません! 殿下、恐れながら申し上げますが……このムーツ領の発展も、新しい設備の数々も、私の力では到底ございません。すべては、我が娘――イチカの頭脳から生み出されたものなのです!」
父親としての誇らしさと、娘に対する圧倒的なスケールの違いを隠そうともせず、ルキウスはあっさりと「自分は何もしていない」と白状した。
その潔いまでの正直さに、ジークフリートや同席していたアルスター公爵夫妻も思わず苦笑いを浮かべる。
「ふふ、相変わらずルキウス卿は正直ですわね。ですが、その通りですわ。この領地の革新はすべてイチカの頭脳から生み出されていますのよ」
エオノーラ夫人が微笑みながら同意すると、話題は自然と「ムーツ領の今後の方針」へとシフトしていった。
ジークフリートが、真剣な眼差しで今後の展望を問いかける。
「ルキウス男爵、いや、実質的な舵取りをしているイチカ嬢に聞いておきたい。これほどの技術と経済力があれば、一帯を大きな都市へと発展させることも容易いはずだ。今後のさらなる街の拡張計画はどうなっているのかな?」
その問いに対し、主賓として同席していたイチカは、静かに首を横に振った。
「いいえ、殿下。我がムーツ領は、これ以上『街』を大きくするつもりはありません」
「……ほう? それは一体どういうことだ?」
意外な返答に、ジークフリートは眉をひそめた。
イチカは真摯なトーンで説明を続ける。
「理由は単純です。この小さな領地が急激に都市化すれば、外部から様々な人間が流れ込み、一気に治安が悪化します。
我が領はもともと小規模であり、独自の自警団や治安維持のマンパワーにも限界があります」
ビクトリア王弟妃が、ハッとした表情でイチカの意図を察する。
「治安が悪化すれば……つまり、今回のように我が家のような貴族や要人が迎賓館を訪れた際、万が一のことが起きたときの危険性が跳ね上がってしまうということね」
「その通りです」
イチカはハッキリと頷いた。
「もし我が領で要人に何かがあれば、うちのような弱小の男爵領など一瞬で王国の咎めを受け、潰れてしまいます。
だからこそ、私たちはあえて街の規模を広げず、治安のリスクを最小限に抑える道を選びました」
安全保障とリスク管理を最優先にした現実的な判断。
王族を迎え入れる立場にある領主として、あまりにも鋭く、そして賢明な戦略だった。
「では、発展を抑えつつ、君が開発した数々の食品や美容品などの特産品はどうやって王都へ流通させるつもりなのだ?」
ジークフリートのその問いに、イチカは待っていましたとばかりに微笑んだ。
「そこはしっかりと連携を考えております。ムーツ領の内部で生産・製造を行った製品は、直接王都へ運ぶのではなく、隣接する『ブルーフォレスト伯爵領内』に専用の巨大物流倉庫を設置し、そこを一大ハブ拠点とするのです」
イチカの言葉を受け、アルスター公爵が深く頷く。
「うむ。ブルーフォレスト伯爵領であれば警備体制も万全であり、主要な街道へのアクセスも良い。
ムーツ領で作られた安全な商品を、一度領の倉庫に集約し、そこから計画的に王都へ送り出すというわけだ」
「はい。そうすれば、ムーツ領側の街の警備は『迎賓館』と『極限られた生産拠点』のピンポイントにのみ集中させることができます。
治安の穴を完全に無くし、要人の安全と物流の効率化を同時にクリアできるのです」
街の拡大という目先の利益をあえて捨て、リスク管理とサプライチェーンの最適化を徹底する。
小さな男爵領が生き残るための高度で洗練された経営哲学に、ジークフリートは深く感服したように大きく頷いた。
「見事だ……。ただ儲かる仕組みを作るだけでなく、安全保障と物流まで計算し尽くされている。君の頭の中はどうなっているのかね、イチカ嬢。我が王国の財務卿にでも推したいくらいだよ」
王弟殿下からの最大級の賛辞を受け、ムーツ領の未来を守るための堅実かつ大胆な戦略会議は、大成功のうちに幕を閉じるのだった。




