匠の技が光る! 激変の男爵邸
温泉迎賓館での優雅な仮住まいを終え、いよいよ我が家へと戻ってきたイチカ。
目の前にそびえ立つ我が家を見上げた瞬間、苺香の脳内にどこからともなく、あの哀愁と希望を帯びたお馴染みの曲(「匠」)が盛大に鳴り響いた。
(な、なんだこの既視感は……っ!?)
かつての我が家は、隙間風が吹き抜け、雨漏りは日常茶飯事、壁に触れば崩れ落ちそうな見事なまでのボロ男爵邸だった。
そもそも数ヶ月前、王都から追放されるようにこの北国の地へやってきたばかりの頃は、ここに愛着も思い出も何一つなかった。
寒さをしのぐだけの、ただの「雨風を凌ぐハコ」にすぎなかったのだ。
しかし、エオノーラ夫人の鶴の一声によるアルスター公爵家の全額援助と、ブルーフォレスト伯爵の資材と職人の全面協力。
凄腕の職人たちが連日総出で投入された結果、目の前には信じられないほどの奇跡が起きていた。
ナレーション風の思考が脳裏をよぎる。
――『かつては倒壊寸前だったボロ屋敷。
しかし、一流の職人たちの熟練の技と建築技術により、北国の厳しい寒さをも完全にシャットアウトする、超快適ラグジュアリー邸宅へと生まれ変わったのです!』
玄関の扉を開けた瞬間、苺香は圧倒された。
「なんてことでしょう……!」
床はピカピカに磨き上げられた高級木材、分厚い断熱材と二重窓が施された室内は、外の寒さが嘘のようにポカポカと暖かい。
リビングの中心には、ブルーフォレスト伯爵領特製の美しい色ガラス(ツガル・ビードロ風)を用いた眩いシャンデリアが吊り下げられ、北国の光を乱反射して虹色のきらめきを放っている。
温泉迎賓館でぬくぬくと過ごしている間に、男爵邸は完全に別次元の建物へと進化を遂げていたのだ。
そして、感動のピークを迎えたところで、ふと苺香の脳裏によぎるものがあった。
――いや、待てよ? あのテレビ番組なら、この感動のクライマックスで必ずあれが来るはずだ。
「……まさか、あのコーナーが来るの……?」
感動の最終盤。
『祖父の代から使われていた、あのボロボロの柱。家族の思い出が詰まったガタガタのダイニングテーブル。匠はこれをどう蘇らせたのか――?』
(いやいや、そもそも私たち、数ヶ月前に王都から追放されてここに流れ着いたばっかりだから、家族の思い出の品なんて一切ないんですけど……っ!?)
ツッコミを入れたい衝動に駆られながらも、番組のテンロマンに突き動かされるように、苺香はリビングの隅に置かれた、白い布がかけられた怪しげなオブジェへと引き寄せられた。
「もしかして……無理やりかき集められた、誰かのよくわからない私物とか……!?」
期待に胸を膨らませ、息を呑みながら、イチカはそっとその布をめくった。
そこにあったのは――。
「……ただの、底が抜けかけた錆びたバケツじゃん!!」
ポツンと鎮座していたのは、かつて解体前の庭の片隅で雨水を溜めるのに使われていた、どう見てもただのガラクタだった。
思い出どころか、つい最近までそこに転がっていたゴミである。
布の横には、職人からの丁寧なメッセージカードが添えられている。
『ご家族の歴史(※ここに引っ越してきてからの数ヶ月)があまりにも深く刻まれていたため、加工を施すのは野暮というもの。そのままリビングのオブジェとして再配置いたしました。』
「思い出の品どころかただのゴミだし、愛着も何もないわーーっ!!」
新築のピカピカすぎるリビングに響き渡る、苺香の盛大なツッコミ。
こうして、エオノーラ夫人とブルーフォレスト伯爵の愛(と職人たちの茶目っ気)が詰まった、最強にして最高(?)の新・男爵邸ライフが、賑やかに幕を開けたのだった。
王弟編のあらすじが浮かばないからギャグ回で逃げてました。やっと王弟編が始まります。




