閑話〜検証と大きな力による強制停止
エオノーラ夫人の怒涛の強制指令を受け、アルスター公爵家の副料理長へ無事にショートケーキの製法を叩き込み終えた苺香。
こっそりと自分の部屋へと逃げ帰った彼女は、ぐったりと椅子に体を預けて大きく息をついた。
(ふぅ……怖かったぁ。エオノーラ様が不動明王に見えた、恐るべし……)
とはいえ、無事に作り方を引き継いだことで、脳内を占めていたショートケーキ欲は少しだけ形を変えて疼き出していた。
(そういえば……さっき作ったやつ、もう一個分のスポンジとクリームが少し余ってたっけ)
副料理長への指導用として多めに仕込んだ材料の端っこや、余った生クリームとイチゴ。
それらを組み合わせて、自分用にこぢんまりとしたミニ・ショートケーキをもう一つこっそり作ってしまっていたのだ。
「よし、これを食べて完全にエネルギーをチャージしよっと!」
フォークを手に取り、ペロリと平らげようとしたところで、苺香の脳裏にふと疑問がよぎった。
(待てよ? これ、さっきアリスちゃんやエオノーラ様があんなに感動してくれたけど……これって、前世の記憶の再現補正が入ってるだけで、この世界の住人にとってはどれくらい衝撃的な味なんだよね?)
ふと客観的なデータ(味の評価)が気になった苺香は、そのミニ・ショートケーキの皿をトレイに載せると、トコトコと足音を立てて温泉迎賓館の一角にある今はまだは使われていない警備兵が待機する部屋へと向かった。
そこには、武器の整備をするルーカスがいたはずだ。
「失礼しまーす。ルーカスさん、ちょっとお味見お願いしてもいいですか?」
コンコンとノックして扉を開けると、武器の整備をしていたルーカスが、ふっと顔を上げた。
「おや、イチカか。どうしたんだ、そんな美味しそうなものを持って……」
「はい! さっき副料理長の特訓用に作った、新しいデザートの『ショートケーキ』です。ルーカスさんにも食べてほしくて持ってきました!」
疲労の色が濃かったルーカスの顔に、ふっと優しい笑みが浮かぶ。イチカが作ったものとあれば、食べない選択肢などない。
ルーカスは差し出されたフォークで、真っ白な生クリームと真っ赤な夏秋イチゴ、そしてふんわりとしたスポンジが重なり合った一角を綺麗にすくい取り、そのまま口へと運んだ。
――瞬間。
ルーカスの瞳孔が、カッと見開かれた。
直後、彼の背後から、ありえないほどのまばゆい黄金色のオーラがカッと燃え盛るように噴き始める。
(っ……!? ま、また来る……っ!?)
あまりの衝撃に、苺香の脳裏に走馬灯のように蘇る悪夢。
――そう、美味しいものを食べた瞬間に周囲を巻き込んで大地を揺るがし、謎の審査員たちの幻影を呼び起こしてしまう、あの伝説の「味皇化」の気配が、今まさにルーカスの全身からむき出しになって溢れ出そうとしていたのだ。
(やばい! ここでアレが発動したら、この部屋の天井が吹き飛ぶどころか、部屋ごと文字通り「美食の宇宙」に旅立っちゃう――っ!!)
「ま、待って待って待って!!」
焦った苺香は、両手をブンブンと激しく振りながら、その場で絶叫した。
「著作権が怖いからやめてっ!! 大人の事情的な大人の圧力的な色々なアレが全力で裁判沙汰になりそうだから絶対に発動しないでええぇぇーーっ!!」
その悲痛な叫びが部屋の空気を切り裂いた瞬間。
――ぴピッ。
どこからともなく、世界を完全に無視した冷徹で事務的な電子音が響き渡った。
『【警告】メタ的権利侵害の恐れを検知しました。これより強制介入を行います』
「え……?」
ルーカスの背後で轟々と燃えていた黄金のオーラが、まるでピンセットでつまみ出されたかのように「スッ……」と完璧なまでに消え去る。
暴走しかけていた美食の小宇宙は、見えない大人の力によって無理やり引き戻され、完全に無かったことにされてしまった。
「……ふう」
ルーカスは意識を現実へと引き戻され、スッと真顔に戻ると、何事もなかったかのように上品に紅茶を一口飲んだ。
「……美味しかったよ、イチカ。この、甘酸っぱさとミルキーなコクのハーモニーは、確かに出色だ。言葉を失うほどの衝撃だったな」
「よ、よかったぁ……。天井が飛ばなくて本当に命拾いした……」
冷や汗をだくだくとかきながら胸をなで下ろす苺香の横で、ルーカスはふっと苦笑いを浮かべながら、イチカの頭を優しくポンと撫でたのだった。




