温もりの準備と、小さなガラス瓶
ルーカスさんから分けてもらったイチゴの苗とリンゴを大切に抱え、私は急いで館へと戻った。
まずは、この厳しい冬を乗り切るための「拠点作り」だ。
「父様、エリス! 寒さを凌ぐために、まずは一番状態の良いこの一室を完璧に掃除して暖めましょう!」
前世の雑草魂とPRプランナー時代の現場対応力が火を吹く。
埃まみれだった応接室を集中的に掃除し、床を磨き、ルーカスさんにもらった薪を暖炉にくべた。
さらに、持ち帰った貴重な『野いちごの苗』は、寒さで枯れてしまわないよう、館の隅に落ちていた木箱に土を敷き詰めて移植した。
暖炉のやわらかな光と熱が届く部屋の特等席に置き、前世の農家の知識を活かして藁をかぶせて保温する。
「よし……! これで春が来るまで、室内でしっかり冬越しできるわ」
「キュゥ~」
子グマも満足そうに、苗箱の横で丸くなって喉を鳴らしている。
だが、問題は部屋の至る所にある「隙間風」だった。
壁の亀裂や屋根の隙間からひゅーひゅーと冷気が吹き込み、暖炉を焚いても熱が逃げてしまう。
困り果てた私は、翌朝、再び子グマを連れてルーカスさんの小屋へと向かった。
昨日渡した「イチゴジャムを塗ったパン」のおかげか、ルーカスさんは嫌な顔ひとつせず話を聞いてくれた。
「……なるほどな。あの廃屋は長年放置されていたから、隙間風だらけだろう」
そう言ってルーカスさんは、手入れに使う樹液の粘着剤と木片、厚手の皮の端切れを袋につめ、無言で立ち上がった。
「ルーカスさん……?」
「『柔らかいパン』の投資先が凍死されたら困るからな。ついでだ」
ぶっきらぼうに言いながら館までついてきてくれたルーカスさんは、見事な手際で屋根の大きな隙間を木板で塞ぎ、壁の亀裂には皮と粘着剤を詰めて冷気を完全に遮断してくれた。
「すごい……! 風が全然入ってこなくなりました!」
部屋の温度が一気に上がり、エリスも嬉しそうにルーカスさんにお礼を言った。
「ありがとうございます、おじさん!」
「……おじさんではない。ルーカスだ」
照れくさそうに顔を背けるルーカスさんに、私は仕込みの準備のために声をかけた。
「ルーカスさん、実はリンゴから『酵母』を育てるために、しっかり蓋ができる容器が必要なんです。何か余っているビンはありませんか?」
「ビン……? 薬酒を漬けていた古いガラス瓶なら、裏に転がっているが」
ルーカスさんは小屋から、頑丈な金属の金具がついた小ぶりの密閉ガラス瓶を持ってきてくれた。
「これでいいか?」
「はい! 完璧です! ありがとうございます!」
館に戻った私は、きれいに洗った密閉ガラス瓶に、ルーカスさんからもらったリンゴの皮と芯、少量の水、そして隠し味にほんの少しの砂糖(王都から持ってきた残りの保存食)を入れた。
「酵母菌さん、元気に育ってね……」
ギュッと蓋を閉め、暖炉の近くの温かい場所に置く。
これから毎日、瓶の蓋を開けて空気を入れ替えながら数日間置くことで、リンゴの表面にいる天然酵母が爆発的に繁殖し、パンを膨らませる「天然酵母液」が完成するのだ。
温かくなった部屋で、冬越しを待つイチゴの苗と、静かに発酵を始めたリンゴの瓶。
自給自足と反撃への準備が着々と整っていく中、雪原を走るひとつの馬車の音が、静かに館へと近づいてきていたのだった。




