北の恵みの新機軸と優雅なる試作品
王弟殿下・ジークフリートの訪問まで、いよいよ残すところ一週間を切った。
ムーツ領の迎撃およびおもてなしの準備が最終局面を迎える中、今はまだ使われていない迎賓館のメイド用の小さな厨房を一時的にイチカ専用のアトリエとして使用しており、そこで彼女が真剣なまなざしで最後の調合作業に没頭していた。
(よし、これで成分の比率は完璧……!)
イチカの手元にあるのは、今回の目玉となる特製のバス&ヘアケア製品だ。
洗浄ベースには、北の森に自生する泡立つハーブ「サボンソウ」のエキスを採用。これによって、頭皮や肌の汚れをすっきりと落とした豊かな泡立ちを実現している。
そして、その洗い上がりがパサつかないよう、アピオスから抽出した美容・栄養エキスと、濃厚で優れた保湿力を持つ「メープルシロップ」を贅沢にブレンドした。
優しく爽やかなハーブの香りのあとに、ふわりと漂うほんのり甘い芳香。
髪をしっとり潤す「シャンプー」、指通りをなめらかにする「リンス」、そして全身をしっとり洗い上げる「モイスト石鹸」の3種類が、見事に完成した。
しかも、これらを収める容器には確かなこだわりがある。
シャンプーとリンス、そして石鹸の開発に着手した初期の段階で、イチカはブルーフォレスト伯爵に「実用性と高級感を兼ね備えた、特別なガラス容器」の製作を依頼していたのだ。
その発注を受けて、北の豊かな自然と職人の技が生み出す美しい色ガラスの容器が、王弟の到着を目前にしたまさにこのタイミングで、必要分だけ見事に焼き上がり、手元に届いていた。
透き通るような美しい北国の色彩をまとったガラスボトルに、琥珀色のシャンプーやリンス、そして上品な石鹸が収まることで、その佇まいは日用品の枠を超え、まるで美術品のような圧倒的な高級感を放っている。
「ふぅ……間に合った……!」
額の汗を拭いながら、イチカは満足げに完成したセットを見つめた。
これならば、まもなくやってくる王弟殿下一行を最高のおもてなしで迎え撃つための、強力な目玉商品(あるいは極上の迎賓用アメニティ)になる。
(よし、さっそくエオノーラ様に持っていって、使ってもらおっと!)
イチカは出来上がったばかりの試作品を丁寧にトレイに乗せると、アトリエをあとにして温泉迎賓館へと向かった。
温泉迎賓館のサロンでは、エオノーラ夫人と、娘のアリスが優雅に寛いでいた。
イチカの姿を見つけるなり、アリスはパァッと花が咲いたような笑顔を浮かべ、一直線に駆け寄ってくる。彼女はキラキラと輝く瞳でイチカの手をそっと両手で包み込んだ。
「お姉様!その手に持っているのは何ですか?」
あふれんばかりの敬愛を瞳に宿すアリスに、イチカは少しタジタジしつつも微笑む。
「ふふ、アリスちゃん、これね、新しく作ったシャンプーとリンスと石鹸なの」
トレイの品に目を留めたエオノーラも、ふっと興味深げな笑みを浮かべて近づいてきた。
光にかざすと、北国の雪景色や森を思わせるガラスの色合いと、中の琥珀色の液体が絶妙に調和して美しい。
「まあ……。このガラスの透明感と色合い、そして容器の仕立ての素晴らしいこと。それに、このほんのり甘く爽やかな香りは……」
「はい! サボンソウの泡立ちに、アピオスの栄養とメープルシロップの保湿力を掛け合わせた自信作です。エオノーラ様、アリスちゃん、ぜひここの温泉ですぐにお試しいただきたいのです!」
イチカの言葉に、アリスは両手を胸の前で組んでうっとりと身悶えた。
「まあっ! お姉様が作られた最新作ですって……!? ぜひ、わたくしもお供させてくださいまし! お姉様のすごさを、この身で余すところなく体感したいのですわっ!」
「ふふ、落ち着きなさい、アリス。けれど、確かに私もこの『北の恵み』の効き目が気になるところだわ」
母であるエオノーラの賛同も得て、こうしてエオノーラと、イチカに心酔しきったアリスの母娘は、そのまま館内の大浴場へと向かったのだった。
貴族の入浴は髪の洗い上げから肌のケアに至るまで優雅な手順を踏むためどうしても相応の時間がかかるが、イチカはワクワクとした期待を胸に、サロンのソファで大人しくその仕上がりを待つことにしたのだった。




