夏秋イチゴジャムの完成とエオノーラ夫人のトランクケース
ブルーフォレスト伯爵一家が温かな余韻を残して帰路についた後、シモキタール男爵領の温泉迎賓館は再び穏やかな日常を取り戻していた。
試食会やトレーニングを重ねるエオノーラ夫人とアリスのもとに、この日、ついに一つの大きな成果が届けられた。
特産の夏秋イチゴをふんだんに使い、砂糖の代わりに上質なメープルシロップでじっくりと煮詰めて仕上げた「自家製夏秋イチゴジャム」の最終サンプルと、かつてみんなで知恵を絞り、幾度もの試行錯誤の末に選び抜いたあの特製ラベルが貼られたガラス瓶が完成したのだ。
「わあ……! いつ見ても、この洗練されたラベルはとっても素敵ですね!」
アリスが目を輝かせながら、ガラス瓶に貼られた真新しいラベルをまじまじと見つめる。
それは、北方の澄んだ空気と豊かな実りを想起させ、一目で高級品とわかる極上の仕上がりを誇っていた。
厨房から焼き立ての自家製パンが運ばれてくると、さっそくテーブルの上で試食会が始まった。
こんがりと香ばしく焼き上がったパンに、鮮やかな赤みを帯びた夏秋イチゴジャムをたっぷりと塗り、エオノーラとアリスがそれぞれ口に運ぶ。
夏秋イチゴならではの瑞々しい酸味と、メープルシロップ特有の深く芳醇なコクが溶け合い、サクサクのパン生地の香ばしさと完璧に一体化していく。
「……んっ! 美味しい……!」
アリスは思わず頬を抑え、感動に声を弾ませた。エオノーラも上品に咀嚼しながら、ゆっくりと目を細めてうなずく。
「ええ、本当に素晴らしいわ。
通常の砂糖ではなくメープルシロップで仕立てているからこそ、夏秋イチゴの爽やかな酸味がトゲトゲしくならず、奥深い上品な甘みとまろやかなコクに包まれているのね。パンの旨味を極限まで引き立てているわ
……これなら、王都の貴族たちのサロンでも間違いなく引っ張りだこになるわね」
エオノーラの口から下された「合格点」の評価に、見守っていたスタッフたちからホッとしたような笑顔がこぼれた。
しかし、穏やかなティータイムが一段落したところで、別の意味で「大事件」の幕が上がった。
「さて、美味しい夏秋イチゴジャムもいただいたことだし……そろそろ夕食までの時間を有意義に使わせてもらうかしら」
エオノーラがふっと意味深な笑みを浮かべ、控えた従者に命じて、いくつもの巨大なトランクケースをリビングへと運び込ませた。
中から現れたのは、今度の晩餐会のために、エオノーラがイチカのためにとわざわざ王都から見立てて持ち込んだ、最先端の流行を取り入れた極上のドレスの数々だった。
「わああっ、すごいですお母様! こんなにたくさん、しかもすべてお姉様のために……!」
アリスの瞳が、きらきらと星のように輝き出す。
一瞬にして「推しを最高にプロデュースしたい」という狂おしいほどの熱狂のスイッチが入ったアリスは、もはや好奇心を抑えきれない様子でトランクに駆け寄った。
「ふふ、せっかくの華やかな晩餐会だもの。日頃お世話になっているイチカに、最高に素敵な装いを楽しんでほしくてね。さあ、どれが一番似合うか、徹底的に試してみましょうか」
「さすがはお母様、お目が高いですわ! じゃあまずはこの深紅のフリルドレスを……! あ、待って、その隣の星屑をちりばめたような青いドレスも捨てがたいわね……!」
母娘の意見は一瞬で完全に一致した。
こうして迎賓館の一角は、突如としてイチカを美しく彩るための「着せ替え大作戦」の舞台へと変貌を遂げたのである。
ほどなくして、事情もよく分からぬままリビングへと招喚されたイチカの前に、目を爛々と輝かせたアリスとエオノーラが立ち塞がった。
「い、一体どうしたんですか、そんなにたくさんのドレスを出して……」
「ふふふ、お姉様。じっとしていてくださいね。今、私たちが最高に可愛いお姉様を作り上げちゃいますから!」
「ちょっ、アリスちゃん、そんなに引っ張らないで――きゃっ!?」
逃げる間もなく、アリスの手によって次から次へと極上のドレスやリボン、宝石のアクセサリーが合わせられていく。
それはもはや着せ替え人形の如き狂喜乱舞のコーディネート劇だった。
「あぁ、やっぱりこの深紅のフリルはお姉様の白く気高いお肌に映えますわ……! いえ、待って、こちらの星屑をちりばめたような青いドレスも、神秘的な魅力が引き立って捨てがたい……っ!」
鏡の前でくるくると回され、愛と崇敬に満ちたアリスの手で次々と着せ替えられていくイチカと、それを満足げに監督するエオノーラ。
極上のメープル仕立てジャムに舌鼓を打ったあとの穏やかな昼下がりは、熱狂的なファンの愛が爆発する、最高に賑やかなドレスルームへと変わっていくのだった。




