迎賓館の秘密の扉と深夜の極秘計画
晩餐会メニューの試食会を終え、エオノーラ夫人とアリスに新設された迎賓館の各部屋を案内していた時のことだ。
館内の奥まった一角に差しかかったところで、エオノーラがふと足を止め、優雅に小首をかしげた。
「……ねえ、イチカさん。あそちらに並んでいる小さな扉の並びは一体何かしら? まるで教会にある『懺悔室』の小部屋がいくつも並んでいるように見えるけれど……」
エオノーラが指差した先には、上品な木彫りの扉が等間隔に並んだ一画があった。
客室にしては狭く、かといって物置にしては妙に独立している。
苺香は待ってましたとばかりにパッと顔を輝かせ、得意げに胸を張った。
「ふふふ、よくぞ気づいてくださいました! ここはですね、我が領が誇る夜食専用の特等席――名付けて『極上夜食カウンター・個室仕立て』です!」
「夜食専用の……?」
アリスが物珍しそうにまじまじと扉を見つめる。
苺香がそのうちの一つの扉をスライドさせると、中には一人分の座席と小さなカウンターテーブル、そして目の前を完全に仕切るための小さな開閉式のすりガラス戸が備え付けられていた。
まるで某有名ラーメン店の「味集中カウンター」を、完全に個室のプライベート空間へと昇華させたような構造になっている。
「この空間、いかがですか? 周りの目を一切気にせず、自分の世界に没頭して最高の状態の麺をすすり込めるんです。特に、王弟殿下のような身分の高いお方だと、夜中に小腹が空いても周囲の目を気にしてお忍びで食べ歩くわけにもいかないじゃないですか。だからといって普通の広間に夜食を運ぶのも味気ないですし」
苺香の熱弁を聞きながら、エオノーラはふうっと感心したような、しかしどこか呆れたような複雑な笑みを浮かべた。
「……なるほど。王族や要人が、誰にも邪魔されず、ひそやかに美食を堪能するためのプライベート・ヌードル・ブースというわけね。発想が斜め上すぎて驚くけれど……確かに、あの堅苦しいお方に夜食を出したら気に入りそうではあるわね」
しかし、ここで実務的な疑問がよぎる。アリスが少し心配そうな顔でイチカに問いかけた。
「でも、王弟殿下ほどのお方をこんな密室にお通しして、安全面は大丈夫なの? もし毒見が必要になったらどうするのよ?」
「あ、そこは完璧に考えてあります!」
イチカは自信満々に人差し指を立ててみせた。
「この個室、裏側に調理スタッフ用の狭い裏通路が繋がっているんです。王弟殿下がここに座られたら、料理を提供する直前に、まず反対側の厨房側(裏側)のスペースで専属の毒見係にしっかり安全を確認してもらう。毒見が済んだら、目の前の小さな扉からシュッと丼を差し入れる仕組みにすれば、セキュリティもプライバシーも完璧に両立できるんです!」
「……裏側で毒見をして、目の前の小窓からラーメンを差し入れる、と」
エオノーラはしばらく天井を見上げて思考を巡らせた後、ふっと肩を揺らして上品に笑った。
「まさか、王族の暗殺対策と一人の客がスープに集中するためのシステムをここまで見事に融合させるなんてね。……いいわ、おもしろそう。王弟殿下が来訪された際には、ぜひこの『懺悔室スタイル』で最高の夜食を驚かせてあげましょう」
エオノーラとアリスのお墨付きも得て、迎賓館の隠し玉である夜食ブースの仕様も完璧に決定した。
晩餐会に向けたレイヴンへの宮廷料理特訓と並行して、ムーツの夜の秘密兵器も着々と準備が進められていくのだった。




