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異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


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北の港町での出会い

ホタテやリンゴの取引ですでに良好な協力関係を築いているブルーフォレスト伯爵領。


その広大な執務室で、イチカはソファに腰掛けた伯爵に向かい、真剣なまなざしで切り出した。


「伯爵様、今度私たちの領地に王弟殿下をお迎えすることになりまして……その際の晩餐会のために、どうしても『海峡サーモン』の新鮮な個体を供給していただきたいのです」


「ほう、王弟殿下が君の領地へね。この前の会談でも直接聞かせてもらったが、あの方を歓待するとなれば、我が領の自慢の海の幸は格好の素材だ」


伯爵は顎に手を当てて楽しげに微笑むと、すっと手元の書類にサインを走らせ、トントンと机を叩いた。


「すでにホタテやリンゴの取引でしっかりとした信頼関係は築いている仲だからね。特別に、水揚げされたばかりの一番いい状態のサーモンをそちらへ回すよう手配しよう」


「ありがとうございます! これで最高のおもてなしができます!」

商談が首尾よくまとまり、胸をなで下ろしたイチカは、その足で


「せっかくだから本場の海峡サーモンを味わっていこう」


と、護衛のルーカスや経理のロベルトたちと共に活気あふれる港町の一角へと足を運んだ。


潮の香りと香ばしいバターの匂いに誘われて温かな小さな食堂の扉をくぐると、鉄板の上で鮮やかなサーモンがジュウジュウと心地よい音を立てて焼かれていた。


注文した看板メニューの「サーモンのムニエル」がテーブルに運ばれてきた瞬間、イチカたちは思わず息を呑んだ。


外側はカリッと香ばしく焼き上げられながらも、中はふっくらとジューシーで、上質な脂が絶妙な火入れによって極限まで引き出されている。


「……んっ! 外の香ばしさと、中の身のレア感すれすれの絶妙なジューシーさ……何これ、めちゃくちゃ美味しい!」


イチカが目を丸くしてフォークを動かせば、ルーカスも「うまっ……! 魚の旨味が口いっぱいに広がるぞ。王都の高級店でもここまでのは中々食えねえ」と豪快に唸り声をあげる。


ロベルトも眼鏡の奥で目を輝かせ、ソースの繊細な風味をしみじみと分析していた。


あまりの美味しさに感動したイチカが、料理を作った人物に挨拶をと店主を呼ぶと、白髪混じりの頑固そうな店主は少し誇らしげに、そしてどこか寂しげな笑みを浮かべた。


「お口に合って何よりです。……実はこの味、王都で長年料理の修行を積んで、最近ようやく戻ってきた息子の技なんですわ。

ただ、うちのような小さな海鮮専門の定食屋じゃ、あいつが学んできた最先端の料理技術やセンスを生かしきれなくてねぇ。

本当は店を継がせるつもりだったんだが、このままでいいのかと親バカながら悩んでしまうんですよ」


その言葉を聞いた瞬間、イチカのなかにピカーと電撃が走った。


――シモキタール男爵邸には、まだ専任のまともな料理人がいない。


しかも、これから王弟殿下を迎える大一番の晩餐会を控えているというのに、自分たちだけで仕切ろうとしていたのだ。


イチカは勢いよく立ち上がり、きらきらと目を輝かせて店主に詰め寄った。


「あのっ、それなら! その息子さんを、私たちの領地――シモキタール男爵邸の料理長としてスカウトさせていただけませんか!」


「なっ……!?」と, 店主が目を丸くする。


「さっき伯爵様に頼んで、その海峡サーモンを私たちの領地にも卸してもらえることになったんです!

ちょうど今度の王弟殿下の晩餐会で、その極上サーモンを使って最高の料理を振る舞いたい……。

これから発展していく私たちの領地で、その腕を存分に振るってみませんか?

あなたの息子さんのような素晴らしいシェフが、どうしても私たちの領地には必要なんです!」


ちょうど厨房から出てきた、王都帰りの息子である若手シェフ


――名はレイヴンと言ったが、彼は母屋から聞こえてきた「王弟殿下の晩餐会」「極上サーモン」という言葉に大きく目を見張っていた。


地方の小さな店では味わえない規模の仕事、そして未知の食材と向き合える環境に、料理人としての血が熱くたぎるのが自分でもわかった。


レイヴンがグッと拳を握りしめるのを見た父親である店主は、しばらく息子と視線を交わし……やがて、ふっと肩の力を抜いて苦笑した。


「……まったく。親父の店を継がせるつもりが、これじゃまるで背中を押してくれって言ってるようなもんじゃないか。

おい、お嬢さん。……いや、男爵令嬢様。うちの息子を、そんな大舞台で試していただけるって言うなら、親としてこれ以上誇らしいことはねぇ。

どうか、こいつを連れて行ってやってくれ」


こうして、北の港町の小さな食堂での偶然の出会いは、ムーツの未来を大きく変える最高の仲間との契約へと結びついたのだった。

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