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異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


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ブルーフォレスト伯爵との交渉

ムーツの発展と今後の安全を守るため、イチカは周辺地域の統括を担う有力貴族


――ブルーフォレスト伯爵の領地へと赴くことを決めた。


同行するのは、護衛として随行するルーカスに加え、優れた計算能力と財務の才を持つ経理のロベルト、そして有能な護衛兼メイドとして控えるセレナの三名だ。


馬車に揺られ、ブルーフォレスト伯爵の居城へと到着したイチカたちを通されたのは、豪華な装飾が施された応接室だった。


しばらくして現れたブルーフォレスト伯爵は、まだ若い新参の男爵令嬢であるイチカを一目見るなり、どこか値踏みするような、尊大で横柄な態度を隠そうともしなかった。


「ふむ、これが噂のムーツの男爵令嬢か。……何やら最近、妙なところで温泉などを作って浮かれているそうだな」


伯爵が鼻で笑うように見下ろしてきたその瞬間、イチカの後ろに控えていたロベルトが一歩前に進み出た。


ロベルトは冷徹かつ洗練された実務家特有の笑みを浮かべ、アルスター公爵家の紋章が刻まれた財務保証書や、王都の最高権力層とのパイプを示す書状をスッと差し出す。


「――失礼いたします、伯爵閣下。我が主は、アルスター公爵家および王弟殿下の御意向を深く汲み、この北方の地にて重要なお役目を果たしておられる方です。男爵令嬢であられるお方に、そのお言葉は少々聞き捨てなりませんな」


ロベルトの纏う圧倒的な知性と、アルスター公爵家、さらには王弟殿下の名前が出た瞬間、ブルーフォレスト伯爵の顔色からサーッと血の気が引いた。


伯爵家自体はアルスター公爵の直接の派閥ではないものの、同じく王弟殿下の派閥に属しているため、ここでアルスターの財務を預かるロベルトを怒らせるのは致命的な失態なのだ。


伯爵は冷や汗を拭いながら、先ほどまでの横柄さが嘘のように慌てて態度を軟化させた。


「こ、これはロベルト殿……! いやはや、遠路はるばるよくぞお越しくだすった。少々、冗談が過ぎたようだ。どうぞ、お掛けくだされ!」


すっかり空気が変わったところで、イチカは本題へと切り出した。


「ありがとうございます。本日は、今後のムーツの治安について、伯爵閣下にご相談があって参りました」


「ほう、治安についてかね?」


イチカは背筋を伸ばし、真摯な眼差しで語り始める。


「現在、ムーツでは王弟殿下の御視察を控え、そのための巨大な迎賓館をアルスター公爵家の全面的な出資のもとで建設しております。まもなく完成すれば、王侯貴族や多くの商人たちが往来する一大リゾート地となるでしょう」


「なんと、アルスター公爵家の出資で迎賓館を……!」


伯爵は驚愕の表情を浮かべる。


「はい。ですが、それに伴って懸念されるのが治安の悪化です。


これまで通りの個別の魔獣退治だけでは、急増する人や物資を守り切れません。


つきましては、ムーツに向かう街道の警備を強化し、領内にも警備兵を配置していただけないでしょうか」


しかし、そこまで聞いたブルーフォレスト伯爵は、難しい顔をして腕を組んだ。


「……事情は分かった。王弟殿下の御視察に関わるとなれば、街道の警備強化くらいなら喜んで協力しよう。だが、わざわざ発展途上のムーツの村そのものに常駐の警備兵を出すとなると話は別だ。我が領にとっても兵の数は有限、正直言って、ムーツに兵を割くメリットが見当たらんのだよ」


――やはり、ただ頼むだけでは首を縦に振ってくれない。


イチカはあらかじめ用意していた切り札を取り出すと、自信に満ちた笑みを浮かべて提案した。


「でしたら、こうしてはいかがでしょうか。これから王都やムーツへ向けて大量の人や物資が行き交うことを見据え、同じく名産品である『リンゴ』と『ホタテ』を、我がムーツがブルーフォレスト伯爵領から定期的に、かつ大量に買い付けさせていただきたいのです」


(すかさず、ロベルトが背後から取引の規模と継続的な利益を記した試算表を美しく提示する)


「ほう……我が領のリンゴやホタテを、大量にだと?」


伯爵の目が驚きにパチリと見開かれる。


「はい。我が領では王都への販路を控えており、質の高い名産品をまとまった数量で確保する必要があるのです。

伯爵閣下にとっても、我が領が安定して大量買い付けを行う大口の顧客となることは、領内の生産者や経済を潤す大きなメリットになるはずです。

……ですが、この巨額の経済活動と流通網を守るためには、どうしてもムーツへの治安維持の警備兵が必要不可欠なのです」


イチカの巧みな交渉術と、ロベルトの完璧な裏付けによる実利の提案に、ブルーフォレスト伯爵はしばらく唸り、やがてフッと息を吐いてから満足げに頷いた。


「なるほど……! 我が領の特産品を大量に買い付けてくれる大口の顧客となれば、それを守るだけの価値は十分にあるな。よかろう! ――そこまで言うなら、我が領の経済を守るという意味でも、ムーツへ小規模ではあるが精強な警備兵を出立させよう!」


こうして、ムーツの未来を守るための第一歩として、強力な行政的・軍事的な後ろ盾を得ることに成功するのだった。

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