甘い香りと少女たちのティータイム
大がかりな迎賓館および男爵邸の建て替え計画が動き出した、その翌日のこと。
建設作業や打ち合わせの合間を縫って、イチカはムーツの厨房に立っていた。
「ねえアリス、これからの作業に向けて、ちょっと糖分と気力チャージをしようと思ってさ。一緒に美味しいおやつを作らない?」
イチカの誘いに、美しき公爵令嬢であるアリスは目をパチクリとさせた後、ぱっと顔を輝かせた。
「お姉様と一緒に料理を? もちろん喜んで手伝うわ! お姉様が思いつくレシピなら、きっと世界を驚かせるような素晴らしいものに違いな――」
「あはは、そんな大げさなものじゃないって。お手伝いよろしくね!」
そう言ってイチカが取り出したのは、小麦粉に卵、そしてムーツ特産の濃厚なメープルシロップとミルクを絶妙な分量で合わせた生地だった。
熱した鉄板の上に生地を丸く流し込むと、じゅううと食欲をそそる香ばしい甘い匂いが厨房いっぱいに広がる。
綺麗に焼き上がったふっくら厚手の生地に、琥珀色に輝く上質なメープルシロップをたっぷりと染み込ませたホットケーキの完成だ。
さらに、薄く伸ばした生地を別の鉄板で焼き上げ、クルクルと巻きながら自家製の野いちごジャムや甘酸っぱいリンゴジャム、そして栄養満点でコクのあるアピオスペーストを贅沢に包み込んだクレープも次々と作り上げていく。
色鮮やかなジャムと香ばしいペーストが織りなす極上のトッピングに、厨房全体が甘く幸せな香りに包まれた。
「わあ……! なんて美味しそうなの……!」
その芳醇な香りに引き寄せられるように、厨房の戸口からひょっこりと顔を覗かせたのは、小さな子グマのルナだった。
もふもふとした前足をちょこんと揃えてキュイッと鳴き、その後ろから同じく興味津々な面持ちで、8歳の妹であるエリスもちょこちょこと足を踏み入れてくる。
「ちょうどいいところに来たわね、ルナ, エリス。今、焼きたてを作ったところだから、味見して感想を教えて!」
イチカが皿に取り分けたばかりのホットケーキとクレープを差し出すと、ルナはしっぽをパタパタと嬉しそうに振って、前足をパチパチと合わせる。
エリスもおそるおそる小さなフォークを手に取り、アピオスペーストとリンゴジャムを巻いたクレープを一口サイズに切ってパクッと口へと運んだ。
その瞬間、エリスのパッチリとした瞳がぱあっと大きく見開かれる。
「……っ! もちもちの生地に、リンゴの甘酸っぱさとアピオスのコクがすごく合うの……! お姉様、これすっごく美味しいよ!」
ルナも待ちきれないとばかりに野いちごジャムが乗ったホットケーキにかぶりつき、シロップの染みたふかふかの生地を口いっぱいに頬張って、満足げに「くぅーん!」と喉を鳴らした。
アリスもクレープを一口食べると、うっとりと陶酔したような表情を浮かべ、イチカの手を両手でギュッと掴んだ。
「すごい……さすがはお姉様! 王都のどんな高名な菓子職人の足元にも及ばないわ。野いちごやリンゴ、それにアピオスをこんな風にお菓子に仕立てるなんて、やっぱりお姉様は最高よ……!」
皆が幸せそうに頬張る様子を見て、イチカはふと閃いたように手を叩いた。
「そうだ! これ、今執務室でみっちり図面と格闘中のお母様(エレオノーラ夫人)やロベルトさんたちにも差し入れしようよ。頭を使ってる時こそ、こういう甘いものが絶対に染みるはずだし!」
アリスはそれを聞いて、さらに目を輝かせる。
「それいいわね! お母様たちをあっと言わせる絶好のチャンスだわ。よし、焼きたての一番美味しそうなのを綺麗に盛り付けて……さっそくみんなのところに持っていきましょう!」




