↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/142

森の猟師と、小さな温もり

子グマを胸に抱き、集めた薪を肩に担いで、私は来た道を必死に引き返していた。


けれど、急激に周囲が暗くなり始めていた。

最北端の冬の日は驚くほど短い。

冷たい風が吹きすさび、かじかんだ指先の感覚が失われていく。


(早く戻らないと……! エリスたちが凍えてしまう……!)


焦りで足を早めたその時、立ち込める木々の隙間から、ぼんやりとした暖かい明かりが見えた。


(えっ……家……?)


森の奥にひっそりと佇んでいたのは、頑丈な丸太で組まれた小さな小屋だった。

煙突からは煙が立ち上り、薪の燃える匂いが漂ってきている。


「誰か……いるの……?」


私が恐る恐る近づくと、小屋の扉がギィと音を立てて開いた。

現れたのは、熊のように体格の良い大柄な男だった。


擦り切れた皮の狩猟服を纏い、鷹のように鋭い眼光で私を見下ろしている。


背中には大弓と手入れされた太刀。ただの猟師とは思えない静かな圧迫感に、私は思わず息をのんだ。


「……子供がこんな刻限に森で何をしている」


低く重い声が、冷たい空気を震わせる。


男の視線が、私の腕の中で震える子グマと、担いだ粗末な薪、そして貴族の仕立てであるドレスに向けられた。


「私は……ムーツ領の新しい領主の娘、イチカです」


「……あんな廃屋にやってきた物好きか」


男は興味なさそうに鼻を鳴らした。


「俺はルーカスだ。この森で好きに狩りをして暮らしている。……貴族様ごっこなら他所でやってくれ」


冷たく扉を閉めようとするルーカスさん。けれど、私はすがるように声を張り上げた。


「待ってください! お願いです……!」


「私の妹が、小さなエリスが……廃屋で寒さと飢えに震えているんです!」


「私はどうなっても構いません! でも、あの子たちに……暖をとる術を、食べるものを分けてはいただけないでしょうか……!」


頭を深く下げると、抱えていた子グマが「キュゥ……」と泣き声を上げた。


静寂が降り積もる。

ルーカスさんは私と子グマをじっと見つめていたが、やがて小さく溜息をついた。


「……ついてこい」


小屋の中に招き入れられると、中央の暖炉でパチパチと薪が爆ぜていた。


息が白くならないほどの温もりに、凍りついていた体がじんわりと解けていく。


ルーカスさんは壁際に積み上げられた乾燥した上質な薪の束と、軒下に吊るされていた干し肉、そして大きな干し魚を無造作に麻袋へ放り込んだ。


「持って行け。薪と、最低限の食料だ」


「えっ……こんなに……!?」


「勘違いするな。その子グマと、妹とやらへの情けだ。貴族の施しを期待されても何もないぞ」


「いいえ! 十分すぎます……! ありがとうございます、ルーカスさん!」


私が涙を浮かべて深々と頭を下げると、ルーカスさんはふんと鼻を鳴らし、小屋の隅にあった古い手押し車を引き寄せてくれた。


「重いだろ。それを使え」


「……何から何まで、本当にありがとうございます!」


「明日以降の食料が欲しければ、自分で捕るか、何かと交換することだな。俺は慈善事業家じゃない」


ぶっきらぼうな言い方だったが、その手つきには確かな配慮があった。


荷造りを終え、手押し車を押して小屋を出ようとした時、ルーカスさんがボソリと呟いた。


「……その小グマ、親はどうした」

「谷底で、死んでいました……。私が連れて帰って、育てます」


「そうか。……なら、腹を減らさせないことだ。冬を越すには肉だけじゃ足りん。山菜の根や木の実、甘いものを好む」


「はい!」


私は前世の記憶にあった「イチゴ」や「山の知恵」を思い浮かべながら、力強く頷いた。


手押し車を押し、急いで丘の上の廃屋へと戻る。


扉を開けると、暗闇の中で身を寄せ合っていた父様とエリスが、弾かれたように顔を上げた。


「イチカ……! 無事だったかい!?」


「おねえさま……っ!」


「父様、エリス! 薪と食べ物をもらってきたわ! それに……新しい家族もね!」


抱えていた子グマを見せると、エリスの目が驚きと感動で大きく見開かれた。


温かな薪に火をくべ、干し肉を炙る匂いが廃屋を満たしていく。

ルーカスさんから分けてもらった最低限の援助。


けれどそれは、絶望の縁にいた私たち家族に、明日を生き抜くための「確かな希望の光」をもたらしてくれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。