公爵夫人の即決と温泉迎賓館の予算
「高台の温泉を利用した極上の迎賓館」という壮大な計画が決まったものの、直面したのはやはり現実的な壁だった。
ガラス温室の建設にこれまでの利益を全額つぎ込んだばかりのムーツ領には、王族や大貴族を迎え撃つための巨大な迎賓館を自力ですぐに建てるほどの莫大な余剰資金など残っていなかった。
「うーん……素晴らしいアイデアだけど、肝心の予算が全然足りないわね。銀行から融資を受けるにしても、この開拓初期の段階では審査が下りるかどうか……」
机の上に広げた計算用紙の赤字を見つめながら、イチカが頭を抱えてうなだれる。
しかし、隣に立っていたロベルトはなぜか余裕の笑みを浮かべて、フッと鼻を鳴らした。
「ふふふ、イチカ。そんなに心配そうな顔をする必要はありませんよ」
「え? ロベルトさん、何か当てがあるの?」
「ええ。実は、我が家の母上に宛てて、一足先に手紙を出しておいたのです」
ロベルトが懐から取り出したのは、一枚の便箋の控えだった。
そこに書かれていた内容を聞いた瞬間、イチカは絶句することになる。
「なんと書いたかって? 単純明快です。『ムーツ領の開拓をさらに加速させ、将来的に我がアルスター公爵家の巨大な利益の柱となる、極上の温泉迎賓館を建てたい』とね。
しかも、ただの宿泊施設ではありません。『そこに湧き出る温泉は美肌や健康に凄まじい効能があり、王都の貴族や高位の淑女たちの間で爆発的なブームになること間違いなし』と、大々的に書き記しておきました」
「美容と健康……!?」
「ええ。我が母上や王都の貴族社会の人間が、美容と温泉の効能という言葉にどれほど弱いか。
一介の男爵領の経理として頭を下げるより、アルスター公爵家の三男である僕が『我が家の事業として旨みがある』と持ち込んだ方が、話の通りが良いのは明白です」
それから約1週間後。
王都の公爵邸から、一通の返信が飛んできた。
封を開いたロベルトの顔には、したり顔の笑みが浮かんでおり、同封されていた書類を見たイチカは目を丸くした。
そこに記されていたのは、ムーツ領の迎賓館建設費用の「全額負担」を許可するという、アルスター公爵家当主および夫人からの正式な認可書と、驚異的な額面の融資(実質的な全額出資)の証書だった。
「なっ……! 全額出資って、あんなに大金なのに……!」
「母上からの伝言も添えられていますよ。『温泉と美容、そして我が息子の見立てに免じて全額を出資する。必ず期待以上の結果を出せ、ロベルト』……だってさ」
手紙をヒラヒラと振ってみせながら、ロベルトは誇らしげに胸を張る。
「ほら、言ったでしょう。資金の問題はこれで完璧にクリアです、イチカ」
こうして、ロベルトの巧みな政治的・商用的アプローチにより、迎賓館の建設資金は一瞬にして解決した。
莫大な資金を背負ったロベルトさんとイチカは、いよいよ高台の温泉地における本格的な迎賓館の設計と工事へと着手していくのだった。




