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異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


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王弟の影と迎賓館計画

手紙の差出人から告げられた来訪者の名を聞いた瞬間、ロベルトは盛大に青ざめた。


「――っ! なんだって……!?」


ロベルトが思わず声を裏返したのを見て、イチカは首を傾げる。


「ロベルト、そんなに驚いて。大口の顧客って、そんなにすごい人なの?」


「すごいどころの騒ぎじゃないです……! その名前の主は、我がアルスター公爵家の後ろ盾であり、王国の政治をも動かす最高権力者――他ならぬ『王弟殿下』その人ですっ!」


「おうてい……!?」


イチカは思わず声を揃える。王国の要人が、こんな辺境の地まで直接足を運ぶというのだ。


ビジネスチャンスとしてはまたとない破格の話だが、聞いた瞬間にイチカの脳裏によぎったのは、喜びよりも激しい冷や汗だった。


(まずい……! 王弟殿下に見られたら、マズいものが多すぎるわ……!)


イチカの頭の中には、前世の知識をベースにした現代的な化学肥料の配合データや、独自のハウス内環境コントロール手法、さらには効率を極限まで高めた栽培管理のノウハウが詰まったメモや資料があちこちに転がっている。


この世界の技術水準からすれば「規格外の技術の塊」であり、下手にその全貌を見られれば、どんな詮索や面倒事に巻き込まれるか分かったものではない。


さらに、頭を抱えているのはロベルトも同じだった。


「それに、致命的な問題があります。我がムーツ領には、今や王族や王弟殿下のような超要人をお迎えできるような、格式ある宿泊施設が全くない……!」


テントや急ごしらえの作業員用の宿舎しかなく、要人を泊めるどころか、最低限の迎賓設備すらないのが現状だ。


下手に受け入れてボロが出ようものなら、それこそ一大スキャンダルになりかねない。


「どうしよう、ロベルト。今すぐお断りするべき……?」


「ですが、相手は王弟殿下です。我が家のような一介の男爵領から直接『お断り』の旨を伝えるのは、角が立ちすぎて今後の商売に致命的な傷がつきかねません……」


頭を悩ませる二人の様子を見て、ロベルトはハッと思いついたように顔を上げた。


「待てよ……。そうだ、直接こちらから拒絶するのではなく、母上に頼みましょう!」


「お母様?」


「我がアルスター公爵夫人である母上を介し、『現在、領内のインフラ整備と栽培の極秘調整期間につき、要人をお迎えする準備(宿泊施設を含む)が万全に整っていないため、時期を改められたし』

という名目で断ってもらうのです。

公爵家のフィルターを通せば、無用な不興を買わずに安全に引き延ばすことができます!」


その提案に、イチカは深くうなずいた。


「それなら角が立たないわね……! さすがロベルト、頼りになるわ」


無事に王弟の来訪を穏便に引き延ばすルートが決まり、二人はホッと胸を撫で下ろす。


しかし、その直後にロベルトが現実を思い出し、遠い目をした。


「……しかし、いつまでも逃げ回るわけにはいきませんね。いつか王族や大貴族が視察に来ても堂々と迎え撃てるよう、ちゃんとした迎賓館というか……貴族が泊まれる施設を作らないとなー、本当に」


ロベルトのその呟きに、イチカも力強くうなずくのだった。


夏秋イチゴの栽培成功の裏で、ムーツ領には新たな「インフラ整備」という巨大な課題が突きつけられたのだった。

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