↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/141

麗しの店舗と運命のデザイナー、そして新たな出会い

王都の一等地に店舗を構えることになった『ルナ・ソレイユ』の改装工事が完了したと聞き、イチカはカトリーナと共にその現地へと足を運んでいた。


「――わあ……」


目の前に広がる光景に、イチカは思わず息を呑んだ。


そこにあったのは、かつての素朴なムーツ領のイメージを覆す、洗練された高級感あふれるブティックだった。


深みのあるウォールナットの木目を基調とし、柔らかな暖色の照明が並べられた野いちごジャムやメープルシロップ、蜜蝋の美容用品を美しく引き立てている。


ただ商品を並べるだけでなく、まるで美術品を鑑賞するかのような優雅な空間が広がっていた。


「どうだい、イチカ。これなら王都の肥えた貴婦人たちも、思わず足を止めてくれるはずさ」


隣で腕を組むカトリーナの表情は、真剣そのものだった。


その瞳には、このブランドにすべてを賭ける熱い本気度と、職人としての確かな自信が宿っている。


妥協を許さず、細部までこだわり抜いたその店舗作りを目の当たりにし、イチカは胸が熱くなるのを感じた。


「カトリーナさん……すごいわ。こんなに素敵な場所にしてくれて、本当にありがとう」


「なに、ここからが本当の勝負さね。あたしたちの最高傑作を、この王都に叩き込んでやろうじゃないか」


カトリーナの力強い言葉に背中を押されたイチカは、続いてエオノーラ夫人の紹介を受けた著名なデザイナーとの打ち合わせに向かった。


王都の工房兼アトリエで待ち受けていたのは、物腰の柔らかい中年の男性デザイナーだった。


彼はイチカたちが持ち込んだ「月と太陽(ルナ・ソレイユ)」のコンセプトや、森の小グマたちの物語をじっくりと聞き届けると、いくつか用意していたデザイン案を机の上に広げた。


「お伺いした物語と、あの美しいジャムのルビー色、そして蜜蝋の輝きから、いくつかのパターンを仕立ててみました」


並べられたデザインはどれも洗練されており、さすがは一流の仕事だと唸らされるものばかりだった。


だが、その中の一枚を見た瞬間、イチカの視線が釘付けになる。


淡い銀の箔押しで描かれた三日月の傍らに、そっと寄り添う小さな満月


――そして、温かみのあるフォントで記された『Luna Soleil』の文字。


洗練された高級感を纏いながらも、どこか切なく、そして温かい命の温もりが感じられるデザインだった。


「……これ、です。私、これがいいです」


イチカが指さしたそのデザインを見て、デザイナーは驚いたように目を見張り、それから嬉しそうにふっと笑った。


「おや、お目が高い。実はそれ、私の個人的なイチオシなんです。他の一流デザイナー仲間からは『少し情緒的すぎるのでは』と言われましたが……このブランドの成り立ちに一番寄り添えるのは、このデザインだと私も信じていましたので」


イチカの直感とデザイナーのこだわりが見事に一致し、ラベルとパッケージの方向性は一瞬で決まった。最高の一着を纏うかのような仕上がりに、胸が高鳴る。


そして、王都での怒涛のような一日の締めくくりとして、イチカはルーカスに連れられてある場所へと向かった。


街はずれにある静かな武器屋の奥。そこで待っていたのは、上質な絹の手袋を身につけた、凛とした美しさを持つ女性――セレナだった。


「あなたが、ルーカスが話していたイチカね」


セレナは落ち着いた物腰で微笑みながら、イチカに向かって優雅に一礼した。


ルーカスから彼女が元騎士であり、腕は確かで信頼できる人物であることはあらかじめ聞いていたが、実際に目の当たりにしたセレナの纏う空気感には、不思議と人を安心させる包容力があった。


「はじめまして、イチカです。これからお世話になります、セレナさん」


「堅苦しいのはなしよ。私はただの、王都での暮らしを支える相棒として働かせてもらうんだから」


セレナのその言葉に、イチカは慌てて首を横に振った。


「あ、あのね、セレナさん! 私たちは王都にずっと住むわけじゃなくて、お披露目のお茶会が終わったら、みんなと一緒に『ムーツ領』に帰るのよ!」


「……むっ? 王都には残らないの?」


セレナが少しだけ目を丸くすると、後ろから控えていたルーカスが苦笑しながら補足した。


「そうだ、言い忘れていたな。あいつらはあのムーツ領を拠点にしているんだ。お前には、その領地まで一緒に来て、あいつの世話や今後の生活を支えるメイドとして働いてもらうことになる」


それを聞いたセレナは、数秒ほどポカンとした後、ふっと面白そうに片方の口角を上げた。


「王都の大きなお茶会で華々しくデビューした後に、またあの辺境のムーツ領に戻るっていうの? ……なんだか、想像以上に面白そうな人生になりそうじゃない」


セレナは絹の手袋をはめた左手で軽く自身の胸元に触れ、どこか楽しげに微笑んだ。


王都の安全な場所でおとなしく暮らすよりも、ムーツ領という未知の場所でイチカを支える方が、彼女の眠っていた冒険心や元騎士としての血を刺激したらしい。


「いいわ、決めた。お供するわよ、ムーツ領まで。あなたの新しい生活、この私がしっかりメイドとして、そして相棒として守り抜いてあげる」


セレナの力強くも心強い言葉に、イチカはパッと顔を輝かせた。


「ほんとう!? 心強すぎるわ、セレナさん!」


店舗の完成、最高のパッケージの決定、そしてムーツ領へ共に帰る頼もしいメイドの獲得。


王都でのすべての予定を最高の形で実らせたイチカたちは、満ち足りた足取りで宿へと戻り、次なる大舞台――アルスター公爵邸での盛大なお茶会へと、静かに闘志を燃やすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。