ルナ・ソレイユのお披露目と夫人の太鼓判
温かな空気に包まれた応接室で、イチカは丁寧に包みを開き、持ち寄った試作品をテーブルの上に並べていった。
「まずは、こちらが『ルナ・ソレイユ』のフードラインの軸となります、野いちごジャムとメープルシロップでございます」
イチカが澄んだ声で説明を始める。
「この野いちごジャムは、森の恵みである野生の小粒イチゴをふんだんに使い、メープルシロップの深いコクと合わせることで、濃厚な酸味と気品ある甘さに仕上げました。
ただし、こちらは春先の限られた時期にしか採取できない素材ですので、当面は『季節限定の特別品』として展開し、希少価値を高めていくつもりです。
ゆくゆくは、村の畑が整い次第、夏秋イチゴを用いた通年向けのジャムも展開していく予定でございます」
エオノーラ夫人は、差し出された小瓶を手に取り、透き通るようなルビー色のジャムをじっと見つめた。
「なるほど……。ただ甘いだけの安物ではなく、大人の舌を唸らせる上質な酸味ですね。
しかも、限定品というストーリー性を持たせるのは商売として実に心得ている」
夫人が満足そうにうなずいたのを見て、イチカはさらに言葉を続ける。
「そして、このブランド名とロゴについてですが――」
イチカが「ルナ・ソレイユ」という名前と、三日月の横に小さな満月を寄り添わせるロゴのコンセプトを説明すると、夫人の瞳がわずかに見開かれた。
そこには、開拓村の過酷な歴史と、命あるものへの深い慈しみがしっかりと宿っていた。
「『ルナ・ソレイユ』……月と太陽。それに、あの森の小グマたちの物語を刻むのですね。ただの特産品ではなく、この村の魂がこもった素晴らしいブランド名ですわ」
夫人は感心したように息を呑むと、すぐに強い眼差しで言い切った。
「素晴らしいわ。そんな素敵なブランドなら、村の片隅で売り出すだけではもったいない。
王都で一番有名なデザイナーにすぐに連絡を取り、最高級のラベルやパッケージを作らせましょう。あなたたち、すぐに製作に取り掛かりなさい」
話がトントンシルーシに進む中、次は美容用品の紹介へと移ろうとした、その時――。
「お母様、待って! その美容用品、私に詳しく見せて!」
待ちきれなくなったアリスが、テーブルの前に身を乗り出し、蜜蝋ベースのバームとクリームの入った小瓶を興味津々な様子で覗き込んだ。
「これ、すごく滑らかでいい匂いがする……! 蜜蝋と森の成分だけで作られているなんて信じられないわ。
試させてもらうわね……って、これ肌にのせた瞬間にスッと馴染んで、全然ベタつかないのにすごくしっとりする!
王都の乾燥に悩む貴婦人たちに絶対飛ぶように売れるわ! ね、お母様もそう思うでしょう!?」
アリスが初めて触れたその使用感に感動し、勢いよくまくし立てるように絶賛したため、エオノーラ夫人は自分が言おうとしていた感想をすべて娘に先を越されてしまった。
夫人は少しだけ呆れたような、しかし愛おしさを隠し切れない複雑な顔をして、小さくため息をつく。
「……あら、アリス。私に話す隙も与えないなんて、すっかり魅入られているのね。
ですが……その通りよ、アリスが言うように、この美容用品のクオリティは本物だわ」
夫人は優雅に紅茶のカップを置くと、真剣な表情でイチカたちを見据えた。
「品物の出来栄え、ブランドのコンセプト、そして将来性――すべて文句なしです。
この『ルナ・ソレイユ』の本格的なお披露目に合わせ、王家の方々や高位貴族をお招きした大きなお茶会を王都の邸宅で開きましょう。
我がアルスター公爵家が総力を挙げてバックアップしますから、しっかり準備をしなさい」
圧倒的なスケールの提案にイチカたちが息を呑むと、夫人はふっとその冷徹な仮面を解き、母親のような温かい微笑みを浮かべる。
「……ふふ、そんなに緊張しなくていいのよ。あなたたちはまだ、過酷な開拓村を背負ってここまでよく頑張ってきたわ。
これから大きな舞台に立つにあたって、分からないことや不安なことがあれば、一人で抱え込込まずになんでも私に相談しなさい。力になってあげるわ」
厳格な領主夫人でありながら、まるで我が子を包み込むようなその優しい言葉に、イチカの胸には熱いものがこみ上げるのだった。




