エオノーラ夫人の査定と突撃アリス
重厚な木彫りの扉が厳かに開かれ、イチカたちはエオノーラ夫人の待つ応接室へと足を踏み入れた。
部屋の奥に座る夫人は、銀髪を美しくまとめ上げ、冷徹なまでの気品を漂わせている。
その視線は鋭く、部屋に入ってきた一行を値踏みするように射抜いた。
「――ほう。野いちごジャムにメープルシロップ、それに蜜蝋の美容用品ですか。田舎の開拓村で遊んでいるだけかと思えば、それなりの形にしてきたようですね」
夫人の声には、一切の妥協を許さない威圧感がこもっていた。
だが、イチカは臆することなく、背筋をスッと伸ばして完璧な淑女の礼を披露する。
足元の角度、ドレスの裾の持ち方、視線の落とし方――その一連の動作に、隙は微塵もなかった。
ピクリ、と夫人の眉がわずかに動く。
(……あのグラディス公爵家に無慈悲に婚約破棄された男爵令嬢と聞いていましたが、その身のこなし、見事なものです。理不尽な泥をかぶせられたはずなのに、卑屈さのかけらもない……)
夫人の冷ややかな瞳の奥に、わずかな感心の色が灯る。
エオノーラ夫人自身もまた、グラディス公爵家とは敵対関係にある身。
彼らが切り捨てた少女がこれほど気高く立っていることが、夫人の琴線に触れたのだ。
張り詰めていた空気の糸がふっと緩み、夫人はわずかに表情を和らげ、用意されていた席へと視線を向けた。
「……合格です。身のこなしも、持ち寄った品々の品質も、我がアルスター公爵領の新しい看板として恥じぬ出来栄えと言っていいでしょう。お掛けなさい」
その言葉に、後ろに控えていたカトリーナやルーカスも密かに胸を撫で下ろす。
ブランド『ルナ・ソレイユ』の第一歩は、無事にエオノーラ夫人の厳しい査定をクリアしたのだった。
やれやれと一同がホッとした、その矢先――。
カチリ、と控えめな音を立てて、応接室の扉がそっと開けられた。
そこに立っていたのは、少し息を整えながらも、どうしてもイチカたちに会いたくてやってきたアリスだった。
「お母様、皆様……失礼いたします」
淑女らしく慎ましく挨拶をしながらも、アリスの足取りはどこかそわそわと落ち着かない。
どうしても新しいブランドのお話に加わりたくて、いてもたってもいられず駆けつけてしまったのだ。
「アリス? あなた、急にどうしたのです」
カトリーナが慌てて声をかけるが、アリスはイチカの姿を見つけると、スカートの裾を軽く押さえながらトコトコと駆け寄り、その手をそっと両手で包み込んだ。
「あの……! 新しいブランドのお話をするって小耳に挟んで……我慢できなくて来ちゃいました。私も、私も『ルナ・ソレイユ』のお手伝いがしたいです……っ!」
上気した頬でまっすぐ見つめてくるアリスの姿に、イチカは思わず柔らかく微笑んだ。
一方、上座に座るエオノーラ夫人は、愛娘のいつもとは少し違う前のめりな様子にやれやれといったふうに小さくため息をつき、しかしその口元には隠しきれない優しい笑みが浮かんでいた。
厳格な夫人の前で繰り広げられた思わぬハプニングにより、応接室は一気に穏やかで温かな空気に包まれていくのだった。




