ルナ・ソレイユの誕生
ルーカスの熱すぎる食レポが一段落し、調理場に静けさが戻ったその時、カトリーナがひょっこりと顔を出した。
「いい匂いがすると思ったら……ジャムの試食会をしていたのね」
そう言って手際よくスプーンを取ると、カトリーナは完成したばかりの野いちごジャムを口へと運んだ。
もぐもぐと味わうこと数秒。彼女の瞳がわずかに輝く。
「――っ! 酸味がしっかりしていて、メープルと合わせると高級菓子のような深みが出るわね。これなら、外の街の人間も絶対に欲しがるわ」
冷静かつ的確なカトリーナの感想に、周囲の村人たちがホッと胸をなで下ろす。
その様子を横で見ながら、イチカの体内で苺香はぼそっと呟いた。
(……よかった。あんな風に背後で味皇が爆風を背負ったりは、しなかったのね……)
脳内で一人安堵する苺香のツッコミなど知ったことかと言わばかりに、カトリーナはふと思い出したように居住まいを正した。
「そういえば、あなたたちに伝えないといけないことがあるの。エオノーラ夫人から直接お言いつけがあってね」
カトリーナの言葉に、場の空気が少し引き締まる。
「この野いちごジャムやメープルシロップ、それに私たちがこれから作る予定の美容用品も含めて、すべてを統括する『ブランド名』と『ロゴマーク』を新たに作りなさいって。外の商会に売り込むための、村の顔になる特産品ブランドの看板よ」
「ブランド名、か……」
イチカが腕を組んで考え込むと、マルクや子供たちも「どんな名前がいいかな」「カッコいいのがいいな!」と口々にアイデアを出し始めた。
しばらくの議論の総括として、イチカがふと呟いた。
「月と太陽……、この過酷な寒さと、春の温かい恵みの両方を感じられる名前がいいかもしれないわ。『ルナ・ソレイユ』なんて、どうかな」
「ルナ・ソレイユ……。月と太陽、か。響きも上品だし、外の貴族ウケも良さそうね。それに……」
カトリーナは、村の片隅で静かに暮らす小グマの姿を思い浮かべ、小さく微笑んだ。
さらに、ブランドの象徴となるロゴのデザインについて、イチカが少し考えてから静かに口を開いた。
「ロゴの月は、ただの三日月じゃなくて……その横に、小さな満月を寄り添わせるデザインにしましょう。あの……森で亡くなった親クマと、ルナを表して。私たちを救ってくれた、そしてこの村の森を教えてくれたあの子達の絆を、忘れないための印にしたいの」
その提案に、その場にいた全員がハッとした表情を浮かべ、やがて静かにうなずいた。過酷な開拓の歴史と、自然への敬意を込めた最高のシンボルだ。
ブランド名『ルナ・ソレイユ』のもと、野いちごジャム、メープルシロップ、そして開拓村の乾燥した肌を守るために試作していた蜜蝋ベースの美容用品――それらの品々が、丁寧に木箱や小瓶へと詰められていく。
「準備は万端ね。それじゃあ、これらをまとめてエオノーラ夫人に報告しに行きましょう」
カトリーナの合図に、静かにうなずいて立ち上がったのは彼女たちだけではない。元・王都の猛者であるルーカスも、護衛兼お目付役として同行することになっていた。
王都での販路拡大や交渉を見据える中、ルーカスが同行するのにはもう一つの隠された目的がある。
――そう、王都で行う予定の「メイドの件」だ。
新しいブランドの第一歩と、水面下で進む新たな企みを胸に、一行はエオノーラ夫人の待つ館へと向けて出発するのだった。




