かまくらの温もりと、冬眠しないモフモフ
春に向けた大々的な加工場計画に胸を躍らせていた私たちだったが、現実のムーツ領は相変わらず容赦のない猛吹雪の真っ最中だった。
「――寒っ! もう、これだけ毎日雪が積もると、息をするのもうんざりですわ!」
私は防寒着を何重にも着込み、旧領主邸の庭にぽっかりと開いた雪の壁を見上げてため息をついた。
屋根から落ちてきた雪のせいで、窓の半分以上が完全に埋もれている。
「おいイチカ、いつまでも中で縮こまっているより、ちょっと外に出て体を動かしたほうがいい。手伝いなさい」
そう言って外に出てきたのは、なぜか手斧と大きなスコップを持ったルーカスさんだった。お父様とアルフレッドさんもそれに続いている。
「外に出るなんて、こんな吹雪の日に何を……?」
「まあいいから来てみろ。雪国で長く生き抜くための知恵を教えてやる」
ルーカスさんに連れられて庭の隅へ行くと、彼は積もった雪の塊をスコップでザクザクと切り崩し始めた。
お父様やアルフレッドさんも加わり、分厚い雪の壁を削っては固め、削っては固めと、ものすごい手際で作業を進めていく。
「お父様たち、いったい何を作っているのですか?」
「ふっ、見ていろ。雪国じゃあ、これを作っておくといろいろと便利なんだ」
小一時間ほどみんなで汗を流しながら作業を続けると、そこには高さ二メートルほどの大きな雪山のドームが完成した。
さらにその正面にぽっかりと丸い穴を開け、中の雪をスコップで綺麗にかき出していくと――。
「わあ……!」
私は思わず声を上げた。
外の猛吹雪の音が嘘のようにピタリと止み、雪の壁に囲まれた内部は、なんだか不思議なほど静かで、繭の中にいるような心地よい空間になっていた。
「これが『かまくら』だ。雪の壁が冷たい風を完全に遮断してくれるから、外よりよっぽど温かいんだよ」
ルーカスさんが満足そうに笑いながら、中に小さな木製のテーブルと、温かいお茶の入ったポットを持ち込んだ。
「すごいですわ……! 雪でできているのに、なんだか秘密基地みたいで落ち着きます!」
「だろ? ムーツじゃあ、子どもたちが中で遊んだり、大人が集まって酒を飲んだりする隠れ家にもなるのさ」
私たちはさっそくかまくらの中に潜り込み、冷たい風の当たらない空間で熱いお茶をすすった。
極寒の冬ごもり生活に、思いがけない「遊び」と「癒やし」のスポットが誕生した瞬間だった。
そんな風にかまくらの中でほっと一息ついていた時だった。
「キュイ……」
足元の毛布の山がもそもそと動き、白い息を吐きながら一匹の生き物が顔を出した。
――子グマのルナだ。
「あら、ルナ。寒くなかった?」
私が声をかけると、ルナはトコトコと私の膝に前足を乗せ、甘えるようにすり寄ってきた。
ふと、私は素朴な疑問を口にした。
「そういえば……ルーカスさん。ルナはクマですのに、どうして冬眠しないのかしら? 普通、この時期のクマは穴にこもって眠っているはずでは?」
私の言葉に、元山猟師であるルーカスさんは「ああ、それか」と納得したように髭をさすった。
「普通の野生のクマなら、秋の間に木の実や鮭を死ぬほど食い漁って皮下脂肪を蓄え、冬が来たらパッタリと冬眠に入る。だがな、ルナの場合は事情が違う」
「事情、ですか?」
「お前が毎日、あの美味い干し貝柱の端っこや、アピオペーストの甘いおこぼれ、さらにはマダーラの鍋の骨まで惜しみなく与えているだろう? そのせいでルナの体に『わざわざ寒い思いをして眠らなくても、毎日ご馳走にありつける極楽の環境だ』って勘違いが染み付ちまったのさ」
ルーカスさんの説明を聞き、私は思わず自分の手を見つめた。
……たしかに、ルナがあまりにも可愛くて、毎日美味しいものをたくさんあげてしまっていた自覚はある。
「つまり……美味しいもののせいで、冬眠のタイミングを完全に逃してしまったと?」
「まあ、野生の厳しさは失ちちまったが、その代わり一年中起きてお前の後をついて回る『最強の用心棒兼、特大モフモフ』になったわけだ。悪くねえだろ?」
「キュイッ!」
まるで自分の名前を呼ばれたのがわかったのか、ルナは得意げに胸を張り、私の膝の上で「ふんすっ」と鼻を鳴らした。
外は相変わらず激しい雪が吹き荒れているけれど、雪をくり抜いた小さなかまくらの中は、温かいお茶の湯気と、お腹を満たしたモフモフの子グマの体温で、どこよりもポカポカと温かかった。
厳しいムーツの冬はまだまだ長い。けれど、この仲間たちと一緒なら、どんな困難も楽しく乗り越えられる――私はそう確信しながら、ルナの柔らかい耳を優しく揉みほぐしたのだった。




