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異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


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ムーツの年越しと、ちいさな神様?

十二月も下旬に入り、ムーツ領は本格的な暴風雪に見舞われるようになった。


窓の外で吹き荒れる凍てつく風の音を聞きながら、暖炉の前で温かいお茶を飲んでいると、寒さで鼻を真っ赤にしたアルフレッドさんが旧領主邸を訪ねてきた。


「イチカ様、お館様。そろそろ『年取り』の準備を始めなきゃいけませんねえ」


「ねんどり……? お正月のご準備のことですの?」


私が首をかしげると、アルフレッドさんは嬉しそうに破顔した。


「ええ。このムーツじゃあ、年が明ける元旦よりも、大晦日の夜にこそ家族や仲間が集まって豪勢な料理を食うのが昔からの風習なんです。一年無事に過ごせた感謝と、新しい年の無病息災を祈るためにね」


「まあ、大晦日の夜にご馳走を召し上がるのですか! それはとても素敵ですわね」


聞けば、その『年取りの膳』に絶対欠かせないのが、冬のムーツ湾で獲れる巨大な魚『マダーラ』なのだという。


「なら、大晦日には俺が一番でかいマダーラを一匹丸ごと持ってきますよ! 捨てるところがねえ魚ですから、イチカ様の腕で最高の年越し料理にしてやってくだされ!」


「お任せくださいな、アルフレッドさん! ぜひルーカスさんにも声をかけて、みんなで最高の年越しパーティーにいたしましょう!」


大晦日の当日の朝、アルフレッドさんは宣言通り、私の背丈ほどもある見事なマダーラを担ぎ込んできた。


私はさっそく腕を振るった。

ぷりっとした白身は昆布出汁の効いた温かいお鍋に。

濃厚な肝はサッと炙り、身と和えて旨味たっぷりの珍味に。

そして大量の卵は、細切りにした人参と一緒に甘辛く炒め煮にしたムーツの伝統料理『マダーラの子和え』に仕上げていく。


夕方には、事前に声をかけておいたルーカスさんも山から下りてきて合流した。


「おうイチカ、誘ってくれて助かった。……それにしても、とんでもなく美味そうな匂いが漂ってるな」


「ふふ、ルーカスさん! ちょうど準備が整ったところですわ」


大きなテーブルには、湯気を立てるマダーラ鍋、マダーラの子和え、先日作った寒干しタコや貝ひもの炙りがずらりと並んだ。


「それではみなさん、今年一年、本当にお疲れ様でした。乾杯!」


お父様の掛け声とともに、温かな年越し宴会が始まった。


「うむ……! このマダーラのお鍋、出汁が身に染み込んでいて体が芯から温まるな」


お父様がほろほろの白身に目を細め、ルーカスさんはマダーラの肝和えを口に運ぶなり酒杯を煽った。


「……美味い。酒がいくらあっても足りんな、これは」


「だろ? イチカ様の料理は世界一なんだよ!」


アルフレッドさんも大満足で酒を飲み、エリスも『マダーラの子和え』を「プチプチして美味しい!」と笑顔で頬張っている。


極寒の地へ追放された時はどうなることかと思ったけれど、こうして信頼できる仲間と暖かい部屋で美味しいものを囲めている。それだけで胸が熱くなった。


宴もたけなわとなり、アルフレッドさんが少し酔った払いに語り始めた。


「そういえばイチカ様。王都や南の方じゃ、正月にライオーン……でしたっけ? 黄金のたてがみを持つ百獣の王の頭を模した木彫りを被って、みんなの頭を噛んで回る悪魔払いの行事があるそうで」


「ええ、無病息災を祈って頭を噛んでもらう風習がありますわね」


「へえ、頭を噛まれると一年病気にならないんですかい。ムーツにはそんな風習ねえですが、ありがたい話だ……」


アルフレッドさんが感心したように頷いた、その時だった。


「キュ〜」


足元にいた子グマのルナが、トコトコとアルフレッドさんの足元へ歩み寄ると、膝の上にひょいと前足をかけた。


そして――アルフレッドさんの頭に向かって口を大きく開けると、パパクッ、と頭頂部を優しく甘噛みしたのだ。


「……え?」


アルフレッドさんが固まった。


「……???」


私とお父様、ルーカスさん、エリスまでもが、思わず手の中の箸を止めて首を傾げた。


当のルナは、アルフレッドさんの頭を甘噛みしたあと、満足そうに「キュイ!」と短く鳴いて、今度はお父様の膝へ向かい、同じように頭をパパクッと甘噛みしている。


「……イチカ。これは……ルナなりの『あくまはらい』なのか……?」


お父様が頭にルナの口を乗せたまま、真面目な顔で尋ねてきた。


「い、いえ……ただ単に、皆さんの髪からマダーラのお鍋の美味しそうな匂いがついているだけでは……?」


私がヤケクソ混じりに推測すると、ルーカスさんが「ブッ」と酒を吹き出した。


「ハハハ! 理由はどうあれ、本物の猛獣に頭を噛んでもらったんだ。これ以上のご利益がある悪魔払いはねえだろ!」


「がはは! たしかにそうだ! いやあ、ルナ様、来年もよろしく頼みますだ!」


アルフレッドさんが大笑いし、部屋全体がどっと温かい笑い声に包まれた。


外は相変わらず猛吹雪が吹き荒れていたけれど、旧領主邸の中は、どこよりも優しく温かい新年の光に満ちあふれていたのだった。

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