回想・王都を揺るがした甘美な交渉
カトリーナ様が馬車いっぱいに「干し貝柱」と「アピオペースト」を積み込み、再び王都へと旅立っていった翌日。
旧領主邸の温かい暖炉の前で、私はお父様とお茶を飲みながら、カトリーナ様が昨日語ってくれた。
「前回の王都での鮮やかな立ち回り」に思いを馳せていた。
――それは、カトリーナ様がまだリンゴジャムだけを持って、最初に王都へ着いた時のこと。
豪奢な佇まいを誇るアルスター公爵邸の応接間に、カトリーナ様は一人、優雅な仕草で座していた。
対面には、王都の流行を牽引するアルスター公爵夫人と、その娘様。
「カトリーナ、北の果ての僻地から珍しいものを持って来たとお聞きしたけれど……その小瓶がそうなの?」
公爵夫人が少し疑わしげに尋ねると、カトリーナは完璧な淑女の微笑みを浮かべて瓶の蓋を開けた。
「ええ、夫人。極寒の地ムーツでひっそりと作られた、至高のリンゴジャムでございます。まずはひとくち、お試しくださいませ」
スプーンで一口すくって口に含んだ瞬間、公爵夫人と娘様の目が大きく見開かれた。
「……っ!? なにこれ……果肉が信じられないほど柔らかくて、上品な甘みとお花の香りがお口いっぱいに広がるわ……!」
「お母様、これすごいですわ! 王都のどの高級菓子店でも、こんなになめらかなジャムは食べたことがありませんわ!」
ふたりの感動的なリアクションに、カトリーナは心の中で勝利の笑みを浮かべた。
「お気に召していただけて光栄ですわ。……ですが夫人、このジャムの価値をご理解いただけるのは、王都広しといえども美徳と格式を備えたアルスター公爵家様だけだと思い、真っ先にお持ちしたのです」
「まあ……! カトリーナ、あなた素晴らしい着眼点ですわね」
公爵夫人がうっとりとジャムを見つめる中、カトリーナ様は声を低くして本題を切り出した。
「実は……このジャムを手掛けたのは、先日理不尽にも追放されたイチカ様なのです。もしやグラディス公爵家の方々がこの利権に目を付け、不当に横取りしようとするかもしれず……」
「なんですって……!? あのレナードがイチカさんを追い出した挙句、そんな横暴を……!?」
レナードのグラディス公爵家とは長年激しい派閥争いを続けているアルスター公爵家である。夫人の目つきが、一瞬で鋭い政治家のそれに変わった。
「絶対に許せませんわね。カトリーナ、そのジャムは今後すべて我がアルスター公爵家が優先的に買い取りますわ! もしグラディス家が不穏な動きを見せたら、我が家が全力で叩き潰して差し上げます!」
「……深謝いたします、夫人。これでイチカ様も安心してジャム作りに専念できますわ」
カトリーナは深々と頭を下げながら、密かにほくそ笑んだ。
公爵夫人の政治的自負とグラディス家への対抗心を見事に刺激し、最高の条件で「独占販売権」と「最強の後ろ盾」を同時に手に入れたのだ。
「……カトリーナ様って、本当に商人の鑑というか、敵に回したら一番恐ろしいお方ですわね……」
回想から戻った私は、温かい紅茶をすすりながらポツリと呟いた。
お父様は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと深く頷いた。
「ああ。だが、彼女が味方でいてくれるのは実に心強い。これでレナードたちの動きも牽制できるだろう。私たちは安心して、春に向けた開拓と次の準備を進めるとしよう」
「ええ、お父様!」
王都での政治的な盾も完成し、私たちのムーツ領開拓はいよいよ揺るぎないものとなりつつあった。




