泥をかぶった小石と、甘美なる目覚め
干し貝柱の生産ラインが軌道に乗り始めたある日。
私は麓の村にあるアルフレッドさんの家で、倉庫の片隅にあった「アピオス」と呼ばれる地元の作物を眺めていた。
見た目は親指ほどの大きさで、皮には泥がつき、まるで川原の小石のようだ。
「これは『アピオス』といってな。この極寒のムーツでも育つ強い芋ですが、小ぶりで皮を剥くのも面倒なため、地元の者が冬を凌ぐために細々と食べる糧食ですな」
アルフレッドさんの説明を聞きながら、私はアピオスを蒸かして一口かじってみた。
「……っ!? なにこれ、すごく甘くて濃厚……!」
しっとりホクホクとした食感に、サツマイモのような強い甘みと、栗やナッツを思わせる香ばしい風味が口いっぱいに広がる。
「これ、ただの芋じゃありませんわ……! アルフレッドさん、このアピオスを裏ごしして、リンゴジャムのシロップと練り上げたら……最高級の『マロン風スイートペースト』になりますわ!」
私はアルフレッドさんの厨房をお借りして、淡い黄金色に輝く、なめらかなスイートペーストを作り上げた。
「お一人では危険です。わしとマルクでお送りいたしましょう」
試作品を瓶に詰め、アルフレッドさんとマルクに送ってもらいながら、坂道を登って崖の上にある私たちの自宅――旧領主邸へと戻った。
館に入ると、お父様とエリスが出迎えてくれ、足元では子熊のルナが「クゥ〜ン!」と鼻をピクピクさせながらしがみついてきた。
「お帰り、イチカ。ずいぶん嬉しそうな顔をしているね」
「お父様、エリス! 素晴らしいスイーツができたの。食べてみて!」
私はまず、ワクワクしながらこちらを見つめるエリスの口元へ、スプーンにすくったアピオペーストを運んだ。
「はい、エリス。あ〜んして!」
「あ〜ん……んんっ!? お姉様、これ、すごく甘くて美味しい……! なめらかで、まるでお店で売っている高級なお菓子みたい!」
目を丸くしてパッと表情を輝かせたエリスに、お父様も微笑みながらスプーンを受け取り、一口味わった。
「ふむ……! これは素晴らしい甘みとコクだね。こんな上質なペースト、一体何から作ったんだい?」
「ふふ、実は村の倉庫にあった『アピオス』という泥くさい小さな芋なんですのよ!」
その時、甘い香りに誘われたルナが、前脚で私の裾をキュッキュッと引っ張っておねだりしてきた。
「あ、ルナもほしいの? はい、冷ましたやつをどうぞ」
スプーンに少し乗せてあげると、ルナは「ハフハフ」と嬉しそうに舐め、目をキラキラと輝かせた。
「グルルゥ〜♪」
よほど気に入ったのか、もっとくれとばかりにお腹をゴゴロゴロと鳴らす。
「ふふ、ルナも大満足ね。……よし、次は助けてもらったお礼も兼ねて、山奥のルーカスさんの小屋まで届けてきますわね!」
「そうだね。あいつにも食べさせてやるといい。気をつけて行ってらっしゃい」
お父様たちに見送られ、私はマルクと一緒に、自宅や村からさらに離れた山中にあるルーカスさんの狩人小屋へと向かった。
山道を登り、小屋の前に着くと、ちょうど外で薪を割っていたルーカスさんが、冷えた体を揺らしながら出迎えてくれた。
「ん……イチカにマルクか。わざわざこんな離れた小屋まで、どうかしたのか?」
「ふふ、ルーカスさん! 素晴らしいスイーツができたの。だまされたと思って一口食べてみて!」
差し出されたスプーンを、ルーカスさんは怪訝そうに眉をひそめて口に運んだ。
一噛みした瞬間、彼の動きがピタリと止まる。
「……なっ!?」
目を見開いたルーカスさんは、もごもごと口を動かしたあと、食い入るようにスプーンを見つめた。
「な、なんだこの濃密な甘さは……!? 栗か……いや、芋なのか!? 固い肉や干し肉とはまるで違う、この舌にまとわりつくような幸福感は……!」
「ふふ、ルーカスさん、お顔が緩んでいますわよ?」
「くっ……! べ、別に感動などしていない! ただ、不覚にも美味いと言ざるを得ん……!」
顔を真っ赤にしながらも、ルーカスさんは「もっとよこせ」と言わんばかりに次のスプーンを狙っている。無骨な元騎士副隊長が、完全に甘味の魅力に目覚めた瞬間だった。
「ふふ、気に入ってもらえてよかったわ。この泥くさい芋、瓶詰めにして『冬限定の最北マロンスイーツ』として王都へ売り出すわ!」
ルーカスさんは名残惜しそうに空になったスプーンを見つめ、決意を込めた目で頷いた。
「……イチカ、明日から山に入るついでに、自生しているアピオスも片っ端から掘り起こしてくる。あのスイーツというやつを……もっと作るんだ」
ジャム、干し貝柱に続く第三の切り札「アピオスのマロンスイートペースト」を手に入れ、私たちの王都への反撃準備はさらに盤石なものとなっていた。




