極寒が育む琥珀の宝石と、眠れる海の恵み
元代官の家でシルバー部隊とマルクの組織化を終えた私は、温かいお茶を飲みながら今後の生産体制について詰めていた。
「イチカ様、山や畑の準備はこれで万全ですが……実はムーツ領の『海側』にも、手つかずの大きな悩みがございましてな」
元代官が思い出したようにそう切り出した。
「海側、ですか?」
「ええ。沿岸の村ではホタテが山ほど獲れるのですが……足が早い(痛むのが早い)食材でしてな。生では王都はおろか、隣の領地にすら運べず、結局はこのムーツと近隣の村で二束三文で消費されるか、捨てるしかないのが現状なのです」
「まあ……! あの甘くて濃厚なホタテが……!?」
私は驚きで身を乗り出した。前世でも最高級食材として知られていたホタテが、運搬技術がないために投げ売りされているなんて。
「はい……。冬の今の時期が一番貝柱が太って甘みが増すのですが、地元でも食いきれず、漁師たちは『せっかく獲れても価値にならない』と溜息をついておりまして……」
「……決まりましたわ!」
私はテーブルをポンと叩いた。
「元代官様、明日はマルクさんと一緒にその沿岸の村へ向かいます! その持て余しているホタテ、すべて私に買い取らせてください!」
「へ……? 買い取って、どうなさるのですか? 生では王都まで持ちませんぞ?」
「ふふ、生で運べないなら……このムーツ特有の『氷点下の極寒と強い寒風』を使って、極上の『干し貝柱』に加工するんです!」
翌日、私とマルクは沿岸の漁村へと向かった。
浜辺では、水揚げされたものの引き取り手のない大量のホタテを前に、漁師たちが寒そうに肩を落としていた。
私はすぐに村長を集め、ホタテをしっかり塩茹でしてから、冷たい海風が吹き荒れる高所に網で並べて干すよう指示を出した。
「お、お嬢ちゃん……! こんな寒空の下でカラカラに乾かして、本当に売り物になるのかい?」
「ええ! 腐らせずに水分だけを完全に抜き、旨味と甘みを限界まで凝縮させるんです。虫も沸かないこの極寒の冬だからこそ作れる、完璧な保存食(加工品)ですよ!」
数日後――。
寒風に晒されたホタテは、透き通るような美しい琥珀色の「小粒の宝玉」へと姿を変えた。
私は完成した干し貝柱をひと粒口に含み、じっくりと噛みしめる。
「……っ! 美味しい……!」
噛めば噛むほど、口の中で暴力的とも言える濃密な海の旨味がジュワッと広がる。
さらに、鍋にお湯を沸かして干し貝柱をひと粒落とすと、一瞬にして黄金色の極上スープが仕上がった。
一口飲んだ元代官と漁師たちが、目を見開いて叫んだ。
「な、なんだこの出汁は……!? たったひと粒で、高級料亭でも味わえないような深みのあるスープが……!?」
「これなら軽くて腐りませんし、王都までの長旅にも余裕で耐えられますわ!」
私は琥珀色に輝く干し貝柱を手のひらに乗せ、満足げに微笑んだ。
「ただの干物ではありません。『お湯に落とすだけで宮廷料理のスープが変わる、最北の出汁宝玉』としてブランディングします。……カトリーナ様が王都から戻られたら、きっと驚いて腰を抜かしますわね」
ジャムという「甘味の王座」に加え、干し貝柱という「旨味の切り札」まで手に入れた。
王都を揺るがすイチカのPRブランディングは、冬の海の恵みを得てさらに盤石なものとなっていた。




