頑固代官の掌返しと、最強のシルバー部隊
「ではイチカ様、私はこれより王都へ戻り、ガラス瓶の手配と富裕層への先行アプローチを進めますわ!」
手持ちのリンゴジャムを大切に抱え、カトリーナは意気揚々と馬車に乗り込んだ。
「頼みましたわ、カトリーナ様。春のイチゴ栽培に向けた開業資金(材料費)、期待していますね」
「ええ! お任せください! ……裏切り者どもに、本物の価値を見せつけてやりますわ!」
赤い髪をなびかせ、カトリーナの馬車は雪道を王都へ向けて疾走していった。
さて、カトリーナが王都で動いてくれる間に、私はこちらの「生産体制」を整えなければならない。
(春になったら大量のイチゴ栽培に、カエデの樹液採集、そして大量の果実の皮むきや薪割り……私とエリスと父様だけじゃ、絶対に手が足りなくなるわ)
そこで私が向かったのは、着任初日に私たちを冷たく追い払った領内の「元代官」の家だった。
「……ハッ、何の用だ追放令嬢。ここにはお前たちに恵んでやる余分な麦も薪もないぞ」
立派な髭を生やした頑固そうな老・元代官は、不機嫌そうにドアを細く開けた。
その傍らには、十歳くらいのやんちゃそうな孫のマルクが、警戒するような目でこちらを見つめている。私は怒ることもなく、優雅に微笑んで持参した包みを差し出した。
「着任のご挨拶が遅れましたので、焼き立てのパンと特製の果実煮をお持ちしましたの。ご賞味くださいな」
「ふん、王都のお上品な令嬢が作ったものなど……」
鼻で笑いながらも、包みを開けた瞬間――元代官と孫の動きがピタリと止まった。
黄金色に輝く香ばしいパンと、甘酸しいリンゴの濃厚な香りが冬の冷気の中に広がったからだ。
「……な、なんだこの匂いは……?」
「じいちゃん、すごくいい匂いがする……!」
「どうぞ、冷めないうちに」
元代官は疑わしそうにパンにリンゴジャムを乗せ、おそるおそる口へと運んだ。
次の瞬間――老人の目が限界まで見開かれた。
「なっ……!? 柔らかい……!? それにこの果汁溢れる甘みは……バカな、こんな極寒の地で、こんな贅沢な味が……!?」
「うんまーい!! じいちゃん、これすっごく美味しいよ!!」
孫の少年が夢中でパンにしゃぶりつく。
元代官は信じられないものを見る目で私を注視し、震える声で尋ねてきた。
「あ、あなた様は……いったい何者なのですか……? このようなものを、一体どうやって……」
「前世の……いいえ、シモキタール家に伝わる特別な知識ですわ。元代官様、私はこのムーツ領を、王都すら羨む豊かな地に変えるつもりです」
私は一歩踏み出し、まっすぐに老人の目を見つめた。
「ですが、春からの本格的な生産に向けて、どうしても人手が足りないのです。……そちらのお孫さんを、春からの力仕事の作業員(助手)としてお借りできませんかしら?」
「じいちゃん! オレ、このお姉ちゃんの手伝いする! パン毎日食べたい!」
「……しかしイチカ様、若者の少ないこの領地で、この子のような子供だけでは限界がありましょう」
悩む元代官に、私は待ってましたとばかりにニッコリと微笑みかけた。
「ええ。ですから元代官様、あなたをはじめとする『領内の手先の器用なお年寄りの皆様』にも、ぜひ力をお貸しいただきたいのです!」
「わ、わしか……!? わしらのような老いぼれが、一体何の役に立つというのだ……」
「滅相もありません! 果物の皮むきや下ごしらえ、ジャムの煮込み、瓶詰めの手作業……手先が器用で根気強い皆様の『熟練の職人技』こそが、最高品質のジャム作りに不可欠なのですわ。重い荷運びは若いマルクさんたちにお任せして、皆様には工場長として現場を仕切っていただきます!」
単なる労働力としてではなく、「誇りある職人」として頼りにされた元代官の目から、ツーンと熱い涙がこぼれ落ちた。
冬の間、暖炉の前で何もできず死を待つだけだった自分たちに、生きがいと価値を与えてくれたのだ。
「……イチカ様。非礼をお許しくだされ。この老骨と孫のマルク、そして領内のジジババども全員……喜んでイチカ様のために骨を折りましょうぞ!」
(よしっ……! 地元住民との信頼関係、マルクという機動パーツ、そして丁寧な手作業をこなす最強のシルバー部隊を一気に獲得!)
PRプランナーとしての適材適所の組織化により、春のジャム大量生産に向けた「無敵の加工工場ライン」の土台が完成したのだった。




