冬の先行投資と、黄金色のリンゴジャム
「カトリーナ様、春のイチゴを待つ間……まずは手元にある『リンゴ』で最初のビジネスを始めましょう」
私が提案すると、カトリーナは翡翠色の瞳をまたたたかせた。
「リンゴ……? ですがイチカ様、先ほど『砂糖がない』とおっしゃっていたではありませんか」
「ええ、精製された白砂糖はありません。ですが、リンゴそのもののポテンシャルを最大限に引き出す『前世の……いいえ、私の秘伝の作り方』があるんです」
私はルーカスさんから譲り受けた冬越しのリンゴを取り出すと、手際よく皮をむき、半分は細かく刻み、もう半分は贅沢に大きめの角切りにした。
「果肉の食感をあえて残す『プレザーブドスタイル』にします。こうすることで、噛んだ瞬間にリンゴの果汁が口いっぱいに広がるんです」
大鍋に刻んだリンゴと、リンゴの皮や芯から煮出したペクチン(天然のトロミ成分)たっぷりの果汁を加え、暖炉の熾火でじっくりと煮詰めていく。
水分が飛び、鍋の中が美しい琥珀色へと変わっていくと、館中に甘酸っぱく芳醇な香りが立ち込めた。
「まあ……! 砂糖を一切使っていないのに、こんなに濃厚でツヤツヤに……!」
カトリーナが感嘆の声を漏らす。
完成した『濃厚ごろっとリンゴジャム』を、冷ましてから焼き立てパンに乗せて試食してもらった。
「んんっ……! 美味しい……! 角切りリンゴのサクサクした食感と、凝縮された果実の甘みがたまりませんわ!」
「ふふ、これで王都での『先行販売』を行いましょう」
私は不敵に微笑み、ノートに指を立てた。
「このリンゴジャムをカトリーナ様が持ち帰り、王都の富裕層やお得意様へ『最北端の秘伝ジャム』として限定販売していただくんです。……そして、その売上金を春からの『イチゴ栽培の設備費』と『ガラス瓶の仕入れ資金』に充てるの」
カトリーナはハッと息をのんだ後、膝を打った。
「素晴らしい……! つまり、ゼロから資金を生み出して、春の大本命『メープルイチゴジャム』の材料費と設備投資をすべて賄う(まかなう)ということですのね!?」
「その通りです。資金がないなら、今あるもので作ればいい。これが私のPR起業戦略です」
カトリーナの顔に、これまでで最も眩しい、心からの笑顔が弾けた。
「イチカ様、あなた本当に十八歳の令嬢ですか……? まるで何年も王都の市場を動かしてきた百戦錬磨の商人のようですわ!」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきますね」
こうして、春のメープルイチゴジャム事業に向けた「資金調達プロジェクト」が動き出した。
手持ちのリンゴから作られた琥珀色のジャムは、雪に閉ざされたムーツ領に、確実な未来の資金(希望)をもたらそうとしていた。




