日持ちの課題
新年の慌ただしさも一段落したある日。
イチカは『お餅』を美味しく頬張りながら、ふと大事なことを思い出していた。
「……決して忘れていて、お餅を作った時に思い出した訳ではありませんわ」
誰もいない部屋で、イチカはマイブームであるロザリア様のすました表情を真似して、こっそり呟いてみる。
そう、ハギムーン領で買った、お酒から出た大量の『酒粕』と、お米を精米した際に出る『米ぬか』の存在を完全に忘れていたのだ。
どちらも栄養と美容成分がたっぷりで、スキンケア用品に加工すれば『ルナ・ソレイユ』のキラーアイテムになるはず――と購入時に考えていたのだ。
だが、ここで一つ大きな問題があった。
水やメープルシロップで練った生の酒粕パックや米ぬか洗顔は、効果は抜群だが「とにかく日持ちしない」のだ。
この極寒のムーツ領なら数日は持つが、王都へ輸送するとなれば途中で傷むか、変質してしまう。
そこでイチカは、二段階の加工プロセスを思いついた。
ムーツ領で「長期保存に耐える乾燥ベース」を作り、それを王都へ送って現地で水や化粧水と混ぜて完成品にする、という方法だ。
さっそくイチカは作業に取りかかった。
まずは酒粕。
板状の酒粕を指で小さく細かくちぎり、清潔な布を敷いた平らな木盆の上に重ならないよう広げる。
それを風通しの良い場所で数日間、カラカラになるまで天日干しにする。
完全に水分が抜けたところで細かく粉砕すれば、常温で半年以上もつ『乾燥酒粕パウダー』の完成だ。
続いて米ぬか。
こちらは生のまま干すと酸化して油が傷むリスクがあるため、まず大きめの鉄鍋で油を引かずに弱火でじっくり煎る。
最初に加熱することで雑菌や酵素の働きを止め、安全性を高めると同時に水分を一気に飛ばすのだ。
香ばしい香りが立ってきたら、さらに風通しの良い場所でしっかり天日干しにして湿気を抜く。
これで、いつでもサラサラの『炒りぬかパウダー』ができる。
「これなら王都までの輸送もバッチリだわ!」
完成したパウダーを携えて、イチカの部屋を掃除していた専属メイドのセレナに声をかけた。
「セレナ、これを見てちょうだい」
「イチカ様、それは……サラサラとした粉末ですね? 一体何に使うものですか?」
不思議そうに小首をかしげるセレナの前で、イチカは乾燥酒粕パウダーに少量のぬるま湯とメープルシロップを加え、手際よくペースト状に練り上げて見せた。
「これを、洗顔後の顔に優しく塗って数分置くだけよ。米ぬかパウダーの方は、お湯で練ってやさしくマッサージすると、お肌がツルツルになるのよ!」
「まあ……!」
セレナはさっそく自分の手元で酒粕パックと米ぬか洗顔を試してくれた。
ぬるま湯で洗い流した瞬間、セレナの整った瞳が大きく見開かれる。
「……すごいです、イチカ様! たった一回で手肌がしっとりモチモチになって、パッと明るくなったみたいです! しかも粉末のままなら持ち運びも簡単だし、使う直前に練るからいつでも新鮮なのですね……!」
「ふふ、高評価で嬉しいわ!」
「これは素晴らしいです! ルナ・ソレイユの季節限定の目玉商品になりますね! 貴族の令嬢たちや豪商の夫人たちが絶対飛びつきます!」
目を輝かせるセレナを見て、イチカは満足げに頷いた。
(ふふふ、捨てられるはずだった酒粕と米ぬかが、これで立派な金脈に変わるわ!)
こうして、新美容品の『美肌の酒粕パウダー』と『なめらか米ぬかパウダー』は、王都の社交界を揺るがす大ヒット商品への道を歩み始めたのだった。




