動き出すグランミナート湾
新年の賑わいが落ち着いた一月上旬、私はお父様とロベルトさんに伴われて、ムーツ湾の最奥部に位置する『グランミナート湾』を訪れていた。
一面の銀世界と化した海岸線には、かつて小さな漁村と古びた木造の桟橋があったはずなのだが――現在そこでは、大勢の作業員や石工たちが寒風を吹き飛ばすような熱気で作業に当たっていた。
「ここにあった漁港の跡地を整備して、大型の船が停泊できる新たな港を作る……ですか?」
私が首をかしげると、お父様は視線を少し泳がせながら、引きつった笑顔で頷いた。
「う、む! そうなのだイチカ。冬の間、職を失いがちな領民のための公共事業としても丁度よくてな。まずは春までに大型船が着岸できるよう岸壁だけを大急ぎで強化・拡張し、建物などの施設は春以降に順次作っていく予定なのだ」
「へえ……。それにしても、元々ここに住んでいた漁師さんたちは大丈夫なのですか?」
心配になって尋ねると、脇に控えていた経理のロベルトが朗らかに笑って答えてくれた。
「それについてはご心配いりませんよ、イチカ様! 領主様が『少し離れた日当たりの良い場所に、頑丈な新居と最新設備の新しい漁港を丸ごとセットで建て直す』という破格の条件を出されましたからね。
漁師の頭領たちも『そんな夢みたいな話があるか!』と大喜びで喜んで立ち退いてくれました。反対する者は一人もおりません」
「まあ、それなら良かったですわね」
住民の生活がしっかり保障されていると知って胸を撫で下ろしたものの、私はどうにも拭えない違和感を覚えていた。
(それにしても……急すぎないかしら?)
いくら冬の雇用対策とはいえ、大型船が着岸できる規模の軍港並みの岸壁工事を、これほどの突貫工事で進める理由が分からない。
さらに気になるのは、工事の規模だけではなかった。
「お父様。この港の周辺にできる予定の商店街や船乗り向けの市場ですが……出店希望者の審査を、ハギムーン侯爵からの指示でブルーフォレスト伯爵家が取り仕切るというのは本当ですか?」
「ぐっ……!? な、なぜそれを……」
お父様が分かりやすく動揺して胸を押さえた。
ブルーフォレスト伯爵といえば、ハギムーン公爵の派閥に属し、商業や関税の管理に厳しいことで知られる貴族だ。
辺境の小さな港町の出店審査に、王都の重鎮であるハギムーン侯爵や伯爵家が直接口を挟んでくるなんて、どう考えても普通ではない。
「……お父様? なんだか話がトントン拍子に進みすぎていませんこと?」
私がじっと見つめると、お父様は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に手を振った。
「ち、違うのだイチカ! これはだな! ノースシーロード王国との国際貿易船が増えるにあたって……そう! 商業ルートの安全を保護するための警備船や、巡視船を配備する必要があるのだよ! 怪しい商人が紛れ込まないよう、王都の重鎮方が厳しく管理してくださっているのだ! な、なにも怪しいことなどないぞ……! 本当に、なにもな……!」
「……そうですの」
お父様の必死すぎる弁明に、私はそれ以上追及するのをやめた。
王都から帰ってきて以来、お父様が何か大きな隠し事……いや、国家レベルの『言えない事情』を抱えているのは明らかだ。
けれど、私を騙そうとしているわけではなく、単に「話してはいけないお達し」が出ているのだということは痛いほど伝わってくる。
(まあ、お父様が元気で、領民のみんなが潤う公共事業なら……いっか!)
「分かりましたわ。では、ここで働く作業員のみなさんや、将来やってくる船乗りさんたちが喜ぶような、温かくてガッツリ食べられる港町グルメの構想でも練っておきますね!」
「う、うむ! たのむぞイチカ……!」
私の前向きな言葉に、お父様は胸を撫で下ろして心の底から安堵の息を漏らすのだった。
こうしてイチカの知らぬところで、ムーツ領を『子爵領』へと押し上げ、イースティア王国北方の要塞となる『海軍訓練所』の建設事業は、着々と、そして力強くその第一歩を踏み出したのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! これまで毎日2話ペースでお届けしてきましたが、今後はクオリティ維持と安定更新のため【毎日1話(0:00頃)】の更新ペースに変更いたします。引き続き物語をお楽しみいただけると嬉しいです!




