冬前のやり残した事
ムーツ領に本格的な冬の足音が近づく今日この頃。
イチカには、寒さが本格化する前にどうしてもやっておきたい事があった。
以前、王都でロザリア様からタキア地鶏のつがいと共に贈られた、ある大きな製品――重厚な『杵』と『臼』を活用する時が来たのだ。
「ふふふ……タキアで米を仕入れた時、密かに『もち米』も一緒に買い込んでおいて正解だったわ!」
男爵邸の広い馬車置き場には、朝から簡易のかまどが設置され、大きなせいろから真っ白な甘い湯気が立ち上っていた。
「イチカ様、せいろのもち米がツヤツヤと蒸し上がりましたわ!」
「よし、準備万端ね! レイモンドさん、力仕事をお願い!」
「おう、任せとけ! 固くなる前に一気につくぞ!」
熱々の蒸したちもち米が臼に投入されると、まずはレイモンドが杵の柄を握り、米粒を潰すように力強く捏ね回していく。
粒が崩れて粘りが出始めたところで、いよいよ本格的な「餅つき」の始まりだ。
「「「せーのっ、よいしょー! よいしょー!」」」
かけ声に合わせて、重厚な音とともに杵が叩きつけられる。
手返しの役を務めるイチカが、絶妙なタイミングで手水をつけながら餅をひっくり返していく。
最初は粒感が残っていた米が、みるみるうちに滑らかでツヤのある真っ白な大福餅へと姿を変えていった。
「すごい……! どんどん滑らかで伸びる生地になっていきますわ!」
見学していたセレナとエリスが目を輝かせて歓声をあげる。
餅つきが盛り上がる傍らで、苺香はあらかじめ別で用意していた「米の粉」とメープルシロップ、お湯をボウルで手早く練り合わせていた。
(……そういえば東京からむつ市へ旅立つ時に新幹線で読んだららべに載っていたわね。『下北地方の伝統菓子・べこもち』って。お餅みたいにつくわけじゃなくて、米粉を練って作るお菓子で、金太郎飴みたいに切ると可愛い模様が出てくるって書いてあって、すごく印象に残っていたのよね)
記憶を頼りに、苺香は練り上げた生地の一部に黒糖や天然色素を混ぜ込み、色違いの生地を作成。
それぞれの生地を細長い棒状にし、耳、目、鼻、顔の輪郭といったパーツごとに手際よく並べて組み上げていく。
最後に関西の金太郎飴のように太い一本の長い棒状に仕立て上げると、包丁でサクッと一口大に切り分けた。
切断面が現れた瞬間、作業を見守っていたエリスから大きな歓声が上がった。
「きゃああっ! すごいですお姉様! 切った生地の中に、可愛いクマさんの顔ができています!」
「まあ……! どこを切っても同じ顔が出てくるなんて、まるで魔法のようですね!」
セレナも目を丸くして感動している。前世の記憶を頼りに再現した柄付きのべこもちは、もち米を蒸しているせいろの空きスペースで一緒に蒸し上げることで、ツヤツヤともっちり仕上がった。
そして、つき上がったばかりの真っ白な生餅の周りには、ハギムーン領で買っておいた『緑豆』を丁寧に仕込んだ特製の黄緑色の『ずんだ餡』をたっぷりと纏わせた。
「出来上がりました! 『ずんだ餅』と『べこもち』です!」
さっそく、かまどもの周りに集まったみんなで味わうことになった。
「ほう……緑豆の鮮やかなずんだ餅も見事だが、この模様の入ったお餅も実に見事だな。いただきます」
ルキウスがひとつ手に取り、口へと運ぶ。
モチッと伸びる柔らかいお餅に、粒々の食感が残るずんだ餡が絡みつく。
「む……! これは……! 爽やかな豆の香りとやさしい甘みが口いっぱいに広がるぞ! お餅の滑らかな弾力とずんだ餡のつぶつぶ感が、実に素晴らしい相乗効果を生んでいる!」
「うわあぁっ、お姉様、もちもちしてて甘くてとっても美味しいです! お豆のつぶつぶも、クマさんのお餅も可愛くてとっても楽しい!」
エリスがほっぺたを落としそうな笑顔で頬張り、セレナも「お豆をこんなに上品な甘味にして、お菓子までこんなに可愛く仕上げるなんて……」とうっとり表情を緩めた。
力仕事を務めたレイモンドも、大皿盛りのずんだ餅とべこもちを豪快に口へ放り込む。
「うまいっ! 疲れた身体にこの甘さが染み渡る……! 何個でもいけそうだ!」
かまどから立ち上る暖かな湯気の中、つき立てのお餅と甘いずんだ餡、そして可愛いべこもちを囲みながら、みんなの笑顔と歓声が弾ける。
冬の寒さを吹き飛ばすような温かな熱気と賑やかさに包まれながら、男爵邸の庭には笑顔の絶えない素敵なひとときが流れていくのだった。




