領民のための新メニュー
「タピオカ」はストローができるまでお預けとなったが、苺香の頭の中は冴えていた。
(ストローが無理なら、今度は別の方向から攻めよう……「あれ」なら道具もいらないな)
現代日本でかつて一世を風靡し、今や定番として定着した数々のB級グルメやごちそう。苺香の頭の中に、次に試してみたい料理のアイデアがひらめいた。
「よし、セレナ。レイモンドさん。ちょっと領内の肉屋に行こうか」
「肉屋、ですか? 珍しいですね、イチカ様が直接向かわれるなんて」
不審そうに首をかしげるセレナと、静かに頷く護衛のレイモンドを伴い、イチカは領内の裏通りにある精肉店へと足を運んだ。
店内には解体されたばかりの大きな肉塊が吊り下げられ、店主が手際よく包丁を振るっている。
イチカが欲しかったのは、上質な赤身やジューシーなバラ肉ではない。
「店主さん。そこにある、いつも捨てるか叩き売りにしてる『内臓』を分けてもらえるかな?」
「は……? 内臓ですか? イチカ様、あんなものは下処理も面倒ですし、匂いもきつくて貴族様の口に合うような代物じゃございませんよ」
「大丈夫、ちゃんと美味しく食べる方法があるんだ。新鮮なところを買い取るよ」
店主は半信半疑の顔をしながらも、綺麗に洗った新鮮な内臓をイチカに手渡した。
男爵邸の厨房に戻ったイチカは、セレナの手を借りながら丁寧な下処理を始めた。
たっぷりの湯でサッと茹でこぼし、余分な脂と匂いを取り除く。
そして、鰹や昆布の代わりに領内で手に入る出汁素材と醤油、酒、ほんの少しのメープルシロップを合わせた特製の醤油スープを用意した。
鍋の底にたっぷりのキャベツとニラ(に似た領内の野菜)を敷き詰め、その上にぷりぷりの内臓をのせる。
ニンニクのスライスと唐辛子を添えて火にかければ、やがて香ばしく食欲をそそる芳醇な湯気が厨房いっぱいに立ち込め始めた。
「……イチカ様、これは……すごく良い匂いがします……!」
先ほどまで半信半疑だったセレナが、鍋を凝視しながらごくりと喉を鳴らす。
「でしょ? これが『もつ鍋』だよ」
その日の夕食。男爵邸の食卓には、中央にどんと鎮座する大きな鍋が置かれていた。
「イチカ、これは……肉料理なのかい? 見慣れない部位だが、実に食欲をそそる香りがするな」
父親のルキウスが興味深そうに鍋を覗き込み、妹のエリスもまた目を輝かせている。
「お父様、エリス。これは動物の『内臓』を使った料理なんです。熱いから気をつけて食べてみてください」
イチカが取り分けた皿を、ルキウスとエリスが口に運ぶ。
噛みしめた瞬間、弾力のあるもつから濃厚な旨味が溢れ出し、醤油ベースの香ばしいスープと甘みの出たキャベツが見事なハーモニーを奏でた。
「……うまい! 歯ごたえといい、噛むほどに溢れるこの旨味といい、素晴らしいじゃないか!」
「うんっ! 野菜もスープの味が染みてて、とっても美味しいよ、お姉様!」
二人の絶賛に、イチカは笑みをこぼした。
「気に入ってもらえてよかったわ。でもお父様、この料理は店で売り出して儲けるためのものじゃないんです」
「ほう? 売り出さないのかい?」
「はい。もつは普段、捨てられたり捨て値で取引されている部位です。
でも、丁寧な下処理と正しい調味料の組み合わせさえ教えれば、安価で栄養満点のごちそうになる。これを『領内限定の郷土料理』として、領民たちに普及させたいんです」
ルキウスは一瞬目を見開き、感心したように深く頷いた。
なるほど……! 金のない平民でも、安く手に入る食材で体力をつけられるというわけか。
冬の寒さを乗り切るための、最高の施策になるな」
「はい。高級品として売りつけるのではなく、領民の食生活を豊かにするための知識として広めます。これならよその領地に真似されても、我が領地の『元祖の味』として愛され続けますから」
「ふふ、お姉様は本当に領民のみんなのことも考えていてすごいです!」
エリスに褒められ、イチカは少し照れくさそうに頭をかいた。
捨てるはずだった食材が、領民の笑顔と健康を作る至高の鍋へと変わる。イチカの描く「豊かな内政」の試みは、また一つ確かな形となろうとしていた。




