特注器具による新メニュー
オーマ村での賑やかなマグロ祭りを終え、ムーツ領で束の間の平穏を取り戻していたイチカ。
そんなある日、かねてよりムーツの金物屋へ特注していた「ある調理器具」が完成したとの知らせが入った。
領主館の厨房でイチカが愛おしそうに撫で回しているのは、金属製の筒の底に細かい小さな穴がたくさん開いた、風変わりな注射器のような道具だ。
「……ふふ、ついに手に入ったわ。これさえあれば、ずっと作りたくても作れなかった『あのお菓子』が作れる……!」
イチカにとって、ペースト状の餡を細い糸状に絞り出すための専用器具は絶対に譲れない必須道具だった。
それがないために今まで封印していた至高のスイーツ――「モンブラン」に、ついに挑戦する時が来たのだ。
イチカはさっそく調理に取りかかった。
まずはベースとなる土台づくりだ。サクサクとした薄焼きのメレンゲと軽い食感のスポンジ生地を用意し、その上に甘さを抑えた滑らかな生クリームをこんもりと山型に絞り出す。
続いてメインとなる栗のペースト作りだ。
じっくりと茹で上げて甘みを引き出した栗の皮を剥き、裏ごししてメープルシロップやバター、微量の酒と合わせて滑らかなマロンペーストに仕立てていく。
それを完成したばかりの金属製絞り器に詰め、上からギュッと圧力を加えると――
シュルシュルと音を立てて、底の穴から極細の帯状になったマロンペーストが幾重にも溢れ出してきた。
生クリームの山を包み込むように、幾重にも繊細な糸を巻き付けていく。
仕上げに粉糖を優しく振りかければ、まるで雪を戴く名峰のような美しいモンブランの完成だ。
「よし……完璧な出来栄えだわ!」
イチカが満足そうに頷いていると、香ばしく甘い匂いに引き寄せられたレイモンドとセレナが厨房を覗き込んできた。
「イチカ、なんだかすごく良い匂いがするが……また新しいお菓子か?」
「ふふ、お二人とも良いタイミングです! ぜひ味見してみてください」
差し出された山型の不思議なお菓子に、二人は興味津々でフォークを入れた。サクッという心地よい音とともに一口口へ運ぶ。
次の瞬間、二人の目が大きく見開かれた。
「んんっ……!? なんだこの濃厚な栗の風味は……! 細い糸のようになったペーストが口の中でフワッと解けて、中の冷たいクリームとサクサクの生地が完璧に調和しているぞ……っ!」
「す、すごいですイチカ様! 栗の重厚な甘みなのに、お口の中で解ける食感がすごく軽やかで……こんなに上品なお菓子、王都でも食べたことがありませんわ!」
大絶賛する二人の反応に、イチカは満足そうに微笑んだ。
「ふふ、大成功ですね。……あ、そうだわ。この絞り器があるなら、ムーツ特産の『アピオス』でも作ってみようかしら」
アピオスはジャガイモやサツマイモ以上の栄養価を持ち、栗やナッツに似たほくほくとした独自の風味がある。
イチカはさっそくアピオスを蒸して裏ごしし、少量のミルクとメープルシロップを加えてアピオペーストを作成。
同じように絞り器で生クリームの上へ糸状に重ねてみた。
「どうぞ、今度はアピオス版です」
再び口にしたレイモンドとセレナは、先ほどとは違う味わいに驚嘆の声をあげた。
「ほう……! 栗よりもほんのり香ばしく、コクのあるまろやかな甘みだな! 栗のモンブランが華やかだとすれば、こちらはほっとする深い味わいだ。 甲乙付けがたいぞ!」
「ええ! アピオス独特のナッツのような風味がペーストになるとこんなに引き立つなんて……どちらも甲乙つけがたい美味しさですわ!」
その日の夕食後、デザートとしてルキウスとエリスの元へ「栗とアピオスのモンブラン食べ比べセット」が運ばれた。
「これは……見た目も実に素晴らしいな」
「まあ、まるで綺麗な雪山みたい……!」
一口食べたルキウスは目を細めてその深い味わいを堪能し、エリスは「美味しすぎて幸せですわ……!」と両頬を押さえてうっとりと笑みをこぼした。
領主館の夕食会は、特注の絞り器が生み出した新たな至高のスイーツと温かな笑顔に包まれるのだった。




