ハギムーン侯爵の真意
本格的な冬が北方に到来する前のこと。
男爵邸の執務室に、一通の重厚な書状が届けられた。
発信元は、この地域一帯を束ねる大貴族――ハギムーン侯爵家。
内容は、近日催される夜会への招待状であった。
「……ハギムーン侯爵家からの夜会招待、ですか」
招待状を確認するレイモンドの表情は、いつも以上に険しく引き締まっていた。
アルスター公爵家の次男であり、母であるエレオノーラ夫人からイチカの護衛として派遣されている彼にとって、上位貴族との接触には人一倍の警戒を要する。
まして相手は、地域の重鎮であるハギムーン侯爵だ。
上位貴族からの招待を断るわけにもいかず、イチカ、セレナ、レイモンドの三人でハギムーン侯爵邸へ向かうことが決まった。
数日後。重厚な佇まいを見せるハギムーン侯爵邸に到着した一行は、すぐさま当主であるハインリヒ・ハギムーン侯爵との面会へと案内された。
応接室で待ち構えていたのは、噂に違わぬ圧倒的な威厳と厳格さを身に纏った男――ハインリヒであった。
「よくぞ参られた、イチカ嬢」
低く重厚な声が部屋に響く。
イチカが礼儀正しく挨拶を交わす中、その傍らに立つレイモンドは一瞬たりとも隙を見せまいと、全身の神経を研ぎ澄ませていた。
そんなレイモンドの硬い表情を見やり、ハインリヒはフッと口角を上げた。
「そう肩肘を張るな、レイモンド。目つきが鋭すぎるぞ」
「……ハインリヒ侯爵閣下。イチカ様は我がアルスター公爵家にとっても、私個人にとってもかけがえのないお方。
いくら同じ王弟派の重鎮たるハギムーン家とはいえ、イチカ様を強引にご自身の傘下へ引き込もうとされるのであれば、相応の覚悟を持って対処いたします」
レイモンドの毅然とした申し送りにも、ハインリヒは怒る様子を見せず、静かに茶杯を傾けた。
「ふん。警戒する気持ちは分からんでもないが、見当違いだ。……今回の夜会にイチカ嬢を招いたのは、我がハギムーンの傘下に強引に抱え込むためではない」
「……と、申しますと?」
眉をひそめるレイモンドに対し、ハインリヒは厳格な面持ちのまま、静かにその真意を明かした。
「イチカ嬢の後ろ楯にアルスター公爵家がついていることは周知の事実。そこに我がハギムーン家もまた『彼女の強い後ろ楯である』という姿勢を対外的に示すことが、今回の真の目的だ」
ハインリヒの鋭い視線がイチカへと向けられる。
「我が家とアルスター家が手を携えてイチカ嬢を支えていると見せつけることで、ハギムーンとアルスターの同盟関係が盤石であることを他派閥に誇示する。
……同時に、有象無象の貴族どもがイチカ嬢に良からぬ手出しをするのを未然に防ぐ牽制にもなるのだ」
「……両家の絆を強固に見せつけ、他勢力の介入を封じるための策、ですか」
「左様。そなたの父親、ルードヴィヒ閣下とも話はついておる。お前がそこまでピリピリする必要はないのだよ」
ハインリヒの合理的かつ筋の通った説明に、レイモンドはハッと息を呑み、ようやく肩の力を抜いて頭を下げた。
「……大変無礼いたしました、ハインリヒ閣下」
「構わん。主を守ろうとするその気概、嫌いではない」
大人たちの高度な政治的駆け引きを横で聞いていたイチカは、冷や汗を拭いながら心の中で密かに安堵していた。
(よかった〜! 派閥争いに巻き込まれるどころか、アルスター公爵家とハギムーン侯爵家っていう超強力な『二大ガードマン』がついてくれたってことじゃない! これで安心して美味しいもの作りに集中できるわ!)
こうしてレイモンドの過度な警戒も解け、イチカたちは安心してハギムーン侯爵邸の夜会へと臨むのであった。




