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異世界のむつ市(最北端)へようこそ!  作者: 一条ひかり


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らくらく通販生活と灯台下暗し

温泉迎賓館での極上のおもてなしと『なんちゃらバニア』の特注契約に大満足した様子で、タキア伯爵夫人セシリア様とロザリア様は晴れやかな表情で帰路についた。


ツンデレ悪役令嬢(仮)の見送りを終え、ひと息ついたイチカだったが、彼女の頭の中はすでに次の「野望」でいっぱいだった。


(タキアから米と地鶏が手に入ることになった……。となれば、どうしても諦めきれないのが『醤油』なのよね……!)


卵かけご飯(TKG)や照り焼き、刺身に煮物。日本の誇る万能調味料・醤油さえ手に入れば、ムーツの食卓は一気に革命を迎える。


しかし、自力で一から醸造するには時間も技術も足りない。


(はぁ……現代だったらネット通販で『ポチッとな』すれば、数日で自宅に届くのに……)


男爵邸の執務室で頭を抱え、溜め息をついたその瞬間――苺香の脳裏に、ピシャンと一筋の稲妻が走った。


(……待って? こっちの世界でも『ポチッ』とできるんじゃない!?)


苺香はバッと身を起こし、羊皮紙の地図を広げた。


現在、ムーツ領と王都の間には、ルナ・ソレイユの商品を納品するため、定期的な輸送馬車便が走っている。


王都へ向かう便はムーツの特産品を満載にしているが、逆に王都からムーツへ戻ってくる便は、基本的に荷台がスカスカの空荷状態で走っていたのだ。


戻り便は途中の街や村で少しばかり商売をしながら帰ってくる程度である。


(定期便が通るルートの途中に醤油の産地があれば、帰りの空荷を使って買い付けてきてもらえばいいんだわ! 定期便に『これ買ってきて』って発注しておけば、実質通販と同じじゃない!)


これまでは「ムーツから王都へ物を運ぶ」ことばかりに気を取られていたが、「王都からムーツへ戻るライン」を活用すれば、醤油どころか道中の名産品や貴重な原材料が労せず手に入る。


楽に産地のものが手に入る、夢のような市場システム――。


「楽産市場(らくさんいちば)だっ……!」


一人で命名して満足気に頷いた苺香は、すぐさま羽ペンを取り、さらさらと手紙を走り書き始めた。


宛先は、王都でルナ・ソレイユの販売や流通を取り仕切ってくれている頼もしいパートナー、カトリーナだ。


『カトリーナ様。王都からムーツへ戻る定期便の輸送ルート周辺で購入可能な特産品や食材、特に醤油や日持ちのする食品の産地について、リストアップをお願いできますでしょうか?』


手紙を書き終えた苺香は、ふふんと不敵な笑みを浮かべた。


(待っててね、私の卵かけご飯……! 楽産市場が開通したら、絶対に極上の醤油を手に入れてみせるわ!)


こうして、ムーツ領の流通に新たな風を吹き込む「楽産市場構想」が動き始めた。


数日後。この「楽産市場」の流通ルート整備と相談のため、イチカはブルーフォレスト伯爵のもとへと足を運んでいた。


執務室で紅茶を口に含みながら、伯爵はイチカの持ちかけた「王都からの帰り便を活用した楽産市場構想」に感心したように頷いた。


「ほう……王都からの戻り便の空荷を使うとは、素晴らしい着眼点だな。これまで我が領の商会でも戻り便の積載率は課題だったのだ。それに乗っかる形で特産品を仕入れさせてもらえれば、互いに輸送コストを大幅に削れる」


「でしょう! 伯爵様ならこの効率化の良さを分かってくださると思っていました!」


満面の笑みで胸を張るイチカ。しかし、本題はここからだ。


「それでですね、伯爵様。その帰り便の仕入れリストの目玉として、ぜひ『醤油』を入手したいと思っているのですけれど、ご存知ありませんか?」


伯爵は一瞬首を傾げ、「ショウユ……?」と見慣れぬ単語を呟いた。


「いや、聞いたことがないな。発酵させた大豆の汁――ん?」


何かを思い出したように、伯爵がトントンと指で机を叩いた。


「待てよ。イチカ嬢、もしかして君が言っているのは……『ショウソー』のことか?」


「……え? ショウソー?」


「ああ。大豆や小麦を発酵させ、昆布や魚介の出汁と合わせた旨味のある黒い調味料のことだろう? 独特の芳醇な香りがあって、魚料理に独特の味わいを出すことができる……」


「それです!! まんま醤油(ソイソース)じゃないですか!!」


思わず身を乗り出した苺香に、伯爵はやれやれと苦笑いを浮かべた。


「なんだ、ショウソーのことだったのか。それなら王都からの長距離輸送便なんて使わずとも、すぐ近場で手に入るぞ?」


「えっ……近場!?」


「ああ。ここから目と鼻の先にある『カンワダ』や『ツガール』の古い醸造蔵の特産品だ。特にツガールの老舗が作る昆布出汁入りのショウソーは絶品でな、我が館の厨房でも日常的に買い付けて使っているが……」


「……えええええっ!?」


イチカはガタッと椅子を立ち上がり、目を丸くして固まった。


王都からの定期便の空荷を使って、遥か遠くから買い付けようと大真面目に「楽産市場」の計画を練り、カトリーナにまで手紙を出していたというのに――


(まさかの目と鼻の先! 近所のカンワダやツガールで普通に作られてて、しかも伯爵様の館で普通に使われてたなんてーーー!?)


遠くばかりに気を取られて、足元の情報をまったく確認していなかった自分のミスに、苺香はその場に崩れ落ちそうになった。


「灯台下暗し……! 完全に見落としてたわ……!」


頭を抱えて撃沈するイチカを見て、ブルーフォレスト伯爵は

「相変わらず君は抜けているな」

と楽しそうに鼻で笑うのだった。


こうして、念願の『ショウソー(醤油)』は、わざわざ王都ルートを使わずとも、あっけなくムーツのすぐ隣から手に入ることが判明したのだった。

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